山に対する畏怖・畏敬の思い

2018年 07月3日 - 日常

サッカーW杯ロシア大会決勝トーナメント、西野ジャパンはベルギーの怒涛の逆転劇で、惜しくも2-3で敗退となりました。
大会を通して、侍ブルーお疲れさま、そして数々の勇気と感動をありがとう。
今朝の試合も処は別々でしたが、一喜一憂しながら二人で観戦(もちろんTV)することができたこともたいへんうれしい経験となりました。
2022大会は、一緒にカタールに行けることを願っています。

W杯開幕以来サッカー観戦に溶け込んでいましたが、各地の山々では山開きが行われました。
日本は国土の約7割が山地で、山は身近な存在です。
自然の恵みをもたらしてくれる山々に人々は感謝し、山に対する畏怖・畏敬の思いを抱き、山を神様がいる神聖な場所であると考え、また山そのものを神として信仰の対象にしてきました。
神仏を祀る霊山は、徳の高い僧侶か修行者などしか入山を許されず、一般の人は入ってはいけない「聖地」とされていました。
しかし江戸時代中期になると、一般の人々も山や山に祀られている神様を拝むため、登山をしたいと思うようになり、期間を定めて山に登ることが許されるようになりました。
その頃から登山開始を祝い、安全を祈願する儀式として山開きが行われるようになりました。
宗教儀式としての山開きは、現在も日本各地の霊山で行われています。
富士山の山梨県側では今月1日、山開きがあり、約2カ月の夏山シーズンが始まりました。
100人以上の登山者が集まった山頂では天候に恵まれ、ご来光を拝む山ガールが放映されていました。
お天気に気をつけて夏山登山を楽しんでください。

サッカー決勝までW杯を観戦しよう。  法華坊主 joe

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