障害の社会モデル。

2019年 12月15日 - 日常

昨日の続きです。

今までの社会の仕組み、街の施設の多くは、多数派のことを考えて作られてきました。
そのため、多数派でなかった人にとって、不便さや生きづらさを感じるバリア(障害)が生じることがありました。
例えば、歩行が困難な人は階段しかない建物に不便さを感じます。
他方、国籍や文化が異なることで、理不尽に差別され、生きづらさを感じている人もいます。
しかし多数派は、誰かが不便さ、生きづらさを感じていることに、気がつきにくいのが現状です。
多数派中心に作られてきた世界ですが、徐々に世の中の考え方や取り組みは変わってきています。
不便さを感じている人にも配慮したアイデアが、次々と生み出されています。
例えば、視覚障害のある人がシャンプーとリンスの区別がつくように、シャンプーの容器には凹凸がついています。
ピクトグラムは日本語が読めない人のバリアを取り除きます。
「トイレ」の文字が読めなくても、図形を見ただけでトイレと分かります。
また、エレベーターは、車いす使用者に限らず、ベビーカー、大きな荷物を持った人にとっても、容易に他の階に移動することを可能にしました。
つまり、これらの解決方法は、結果として、多くの人の生活を便利にしてくれています。

「国連障害者の権利に関する条約」では、問題の本質は単に見えないとか聞こえないといった心身の機能的な制限のことではなく、社会のさまざまな障壁によってそのような人たちが社会に平等に参加できないことだとしています。
この考え方は「障害の社会モデル障害の社会モデル」という考え方を基礎にしています。
問題の原因がどこにあるかを見極めることは、解決方法を考えるにあたって、とても重要であることを学んできました。

 

東京オリ・パラのメイン会場「新国立競技場」竣工式。  法華坊主 joe

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