日常

「嶽きみ」が届きました

2014年 09月4日 - 日常

青森県弘前市の岩木山麓・嶽高原で栽培されているとうもろこしを「嶽きみ」(だけきみ・嶽キミ・嶽のきみ)といいます。
「きみ」 とは津軽弁で「トウモロコシ」のことを指します。
「嶽きみ」は他のトウモロコシに比べ糖度が高く、生でも食べられる甘さを持った最高のトウモロコシブランドです。
その「嶽きみ」が8月下旬ごろから品薄になり、店頭販売や地方発送を休む業者が出ているとのニュースを見ました。
日照不足と大雨による生育遅れが主な原因だそうで、業者さんは「販売期間は10月中旬ごろまで続くので、収量の回復を待ってほしい」と呼び掛けていました。

その「嶽きみ」が宅配便で届きました。
送り主は昔から親交のある友人で、彼は毎年この時季に送ってくれます。
福島でもおいしいトウモロコシができますが、甘さが全く違うのです。

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「嶽きみ」は、生で食べられるほど甘く、糖度が18~20度もある、あま~いトウモロコシです。
「嶽きみ」がどのくらい甘いかというと、完熟マスクメロンと同じくらいになります。
みずみずしいシャキシャキした歯ざわり、あとを引く飽きのこない甘味が「嶽きみ」の最大の特徴で、初めて「嶽きみ」を食べる方は「甘い!砂糖が入っているみたい!」と言うそうです。
甘さの源は、津軽富士として有名な岩木山の高地で栽培されているので、昼と夜との寒暖差が厳しく、その差が大きいほど「嶽きみ」は強い生命力で生き抜こうとし、甘味が強くなると教えていただきました。
甘味が強いのは、生命力の強い証拠なんですねぇ~。
今年も美味しくご馳走さまになりました。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

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お祝いごとは良いことだ

2014年 09月3日 - 日常

第2次安倍改造内閣は今日の夕方、皇居での認証式を経て正式に発足しました。
18の閣僚枠のうち12ポストが交代する大幅改造となりました。
留任を含め、大臣に就任された方々にとってはお慶びのことでありましょう。

それとはチョッと違ったお慶びですが、私の周りにも今月・来月・再来月と婚礼の予定が毎月あり、お目出た続きです。
私の母(故人)は江戸っ子で「しきたり」にうるさい人でしたので、子供のころからその様子を垣間見てきました。
たとえば結婚式のお祝いは、「親しければ親しいほど、ご案内を受けてからなるべく早い機会に相手の都合のよい大安の午前中に本人宅を訪問持参するのが基本」だとか、「手渡す時はお盆に祝い金(袋)をのせ、袱紗をかけて渡すものだ」とか言っていたのを思い出します。

現在は、披露宴当日に受付でまるで会費のごとく差し出すのが当たり前のようになっていますが、それも時代の流れなのでしょう。
私は今日、時代に逆行する行為かもしれませんが、大安吉日でしたので早朝の新幹線に乗り上京し、祝意を表してきました。
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今の世の中はしきたりとかマナーのみにとらわれず、心からのお祝いを贈ることが肝心なのではないかとの思いを抱いての行動です。

ありがとうございました。 法華坊主 joe

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秋の七草

2014年 09月2日 - 日常

春の七草は皆さん知っていますが、秋の七草はご存知ですか?
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山上憶良が「万葉集」で次のような「秋の七草」の詩を詠んでいます。
「萩の花  尾花  葛花  瞿麦の花  女郎花  また藤袴  朝貌の花」
(はぎのはな おばな くずはな なでしこのはな  おみなえし また ふじばかま あさがおのはな)
以来、これらの草花が「秋の七草」とされてきました。

1 萩の花は、ハギ(萩)
2 尾花は、ススキの穂
3 葛花は、クズ
4 瞿麦の花は、ナデシコ
5 女郎花は、オミナエシ
6 藤袴は、フジバカマ
7 朝貌は、アサガオ
ただし7番目のアサガオは、私たちがよく知っている朝顔ではなく桔梗(キキョウ)であるといわれ、当時は朝に咲くきれいな花を「アサガオ」と呼んでいました。
余談ですが「秋の七草」のうち、気象庁で生物季節として観測しているものは、ハギ(ヤマハギ)とススキだそうです。

春の七草は食用ですが、秋の七草は観賞するためのものです。
比較的身近で見られる花もありますので、探してみてはいかがでしょうか?

そこで、たくさんの植物の名前が出てきて覚えるのが大変ですよね。
簡単に覚える方法がありましたのでご紹介しましょう。
春の七草の場合 ⇒ セリ・ナズナ、 ゴギョウ・ハコベラ、 ホトケノザ、 スズナ・スズシロ
秋の七草の場合 ⇒ ハギ・キキョウ、 クズ・フジバカマ、 オミナエシ、 オバナ・ナデシコ
といったふうに、五七五調になっているので、何回か呪文のように唱えれば覚えることができるそうです。
これまた挑戦してみてはいかがでしょうか?

ありがとうございました。  法華坊主 joe

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二百十日雑感

2014年 09月1日 - 日常

今日9月1日は「二百十日(にひゃくとおか)」、立春(2月4日)から数えて210日目です。
この時季は稲が開花・結実する大事なときですが、台風が相次いで襲来し、農作物が被害を受けてしまうことがよくあり、厄日とか荒れ日などと言われています。
一つの目安として警戒を呼びかけていたようです。
立春から数えて220日目の二百二十日も厄日と考えられています。
二百十日は伊勢の船乗りたちが長年の経験によって凶日としたといわれていて、雑節として暦に記載されたのは江戸時代で、八十八夜とほぼ同じ頃です。
先人たちの経験に基づいた生活の知恵が暦となっているのですね。
農作物を風雨の被害から守るため、各地で風鎮めの儀式や祭が行われていて、風祭りもそのひとつです。

境内前の田んぼを見渡してみますと、黄金色に色づき始めた稲穂が徐々に頭を垂れ、秋の気配が感じられるのも事実です。
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また今日9月1日は「防災の日」でもあります。
防災の日は、昭和35年年6月11日の閣議で、9月1日を防災の日とすることが了解されたことに始まります。
9月1日を「防災の日」とした経緯は、調べてみますと以下のとおりでした。

9月1日は、関東大震災が発生した日であるとともに、暦の上では二百十日に当たり、台風シーズンを迎える時期でもあり、また、昭和34年9月26日の「伊勢湾台風」によって、戦後最大の被害(全半壊・流失家屋15万3,893戸、浸水家屋36万3,611戸、死者4,700人、行方不明401人、傷者3万8,917人)を被ったことが契機となって、地震や風水害等に対する心構え等を育成するため、防災の日が創設されました。
次に、昭和35年9月1日発行の官報資料に登載された「防災の日」の創設に関する記述を紹介します。
「政府、地方公共団体など関係諸機関はもとより、広く国民の一人一人が台風、高潮、津波、地震などの災害について、認識を深め、これに対処する心がまえを準備しようというのが、『防災の日』創設のねらいである。もちろん、災害に対しては、常日ごろから注意を怠らず、万全の準備を整えていなければならないのであるが、災害の発生を未然に防止し、あるいは被害を最小限に止めるには、どうすればよいかということを、みんなが各人の持場で、家庭で、職場で考え、そのための活動をする日を作ろうということで、毎年9月1日を『防災の日』とすることになったのである」と、制定の主旨が記されています。

今日も各地で防災訓練が行われていますが、特に今年は先日の広島市の激甚災害等がありましたので、台風シーズンとなる今月も災害防止に注意を払わなければなりませんね。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

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夏の終わりに何想う

2014年 08月31日 - 日常

8月も末日を迎え、今年の夏は早々に終わりを告げた模様で、ここ数日30℃を超すことはなく秋の気配たっぷりです。
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「4日にわたった第59回全国高校軟式野球選手権大会の準決勝は31日、延長五十回で決着した」との報道を皆さんもご覧になったことでしょう。
「3-0で勝った中京(東海・岐阜)のエースは試合後、700球前後を投げ合った崇徳(西中国・広島)のエースに優勝を誓った。約束通り、中京は決勝で三浦学苑(南関東・神奈川)を2-0で降し、2年ぶりの優勝を決めた。」とも報じられています。
ライターの松谷創一郎さんは「高野連は、高校野球を〈教育の一環〉と位置づけています。しかし、こんなことを未成年者にやらせておいて、本当に胸を張ってそう言えるのでしょうか?。これは〈残酷ショー〉以外のなにものでもありません。」とコメントを寄せています。
私も同感です。ひとりのピッチャーが1週間で1000球近くを投げる状況は、やはり常軌を逸してます。
この準決勝・決勝が「感動」「美談」で終わらせることなく、前途洋々たる高校生の将来を考えるべきであると思います。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

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もう夏は終わりでしょうか

2014年 08月28日 - 日常

今日も福島は肌寒いいち日でした。
もう夏は終わりでしょうか?
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夏の代表花であるヒマワリも、なぜか影を落とし色あせています。
晩夏よ、早く戻ってきて~

ありがとうございました。  法華坊主 joe

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8月というのに18.9℃

2014年 08月27日 - 日常

オホーツク海高気圧からの湿った気流の影響を受け、今日の福島市は断続的に雨が降る涼しいいち日となりました。
今日の最高気温は、10月下旬並みの18.9℃。
涼しいを通り越して肌寒い陽気です。オ~サブゥ~。
一週間前の20日の最高気温が36.3℃、施餓鬼会をお勤めした24日の最高気温が32.7℃でしたから、急激な気温の変化にいくら元気な法華坊主でも戸惑ってしまいました。

今日は、東北教区の有志僧侶とともに宮城県太平洋沿岸の東日本大震災被災地をお参りしてきました。
名取市閖上の日和山の隣地には、東日本大震災から3年5カ月がたった今月11日に除幕した慰霊碑が新たに建立されていました。
土台部分を含めた高さがこの場所を襲った津波と同じ8・4メートルの慰霊碑は、犠牲者が天に昇ってゆく姿と、復興への決意を新たにする人々の姿を重ねて表現しているそうです。
前面の碑石には公募で選ばれた「亡き人を悼み 故郷を想う 故郷を愛する御霊よ 安らかに」という言葉が刻まれていました。
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続いて、日和山上、閖上中学校、荒浜海水浴場においてもお参りいたし、「供養と祈願」をお勤めしてきました。
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来月11日には震災発生より3年半の歳月を数えます。
あらためて犠牲になられた方々のご冥福を祈り、一日も早い復旧復興をご祈願いたします。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

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旧暦8月1日

2014年 08月25日 - 日常

昨日(24日)、当山の盂蘭盆会施餓鬼法要(うらぼんえ せがきほうよう)を奉修いたしました。
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お暑いなかご参詣をいただきました檀信徒の皆様、ありがとうございました。

法要終了後、町内の供養塔にお参りしました。
DSC_1487南下原児童遊び場の妙法地蔵
DSC_1489福島大学キャンパスの慰霊碑
その後、大粒の雨が降り出し、阿武隈川・上蓬莱橋での川施餓鬼、松川事件殉職者の慰霊塔、羽山(美郷)の無縁供養碑でのご回向を雷雨が降りしきる中お勤めいたしました。

そして今日は、旧暦8月1日=「八朔(はっさく)」です。
“朔”の字は「欠けた月が戻る」の意でめでたい吉日と考えられていました。
「八朔」の日には早稲米の初穂を刈って神にささげ、 近づく台風の季節を無事にのりきって、豊作を期待する「作だのみ」をする日と言われています。
「田の実(田面)の節供」(たのむのせっく)ともいわれ、この日は五節供に次ぐ嘉日とされていました。
稲の豊作を願う行事が各地でみられます。
虫送りの時期は様々ですが、この時期に虫祈祷や虫送りをし、害虫の被害から守るための祈願をする場合もあるようです。
また、「八朔」には祓いの行事もあって、例えば、八朔を馬節供、雛節供といって初節供のある家では人形や馬の形を団子やシンコ細工でつくる地方もあるそうです。
八朔休みともいい、この日から昼寝をやめ、夜なべ仕事が始まりました。
「今日(8月1日)を田のみという事は、田にできたる米を人々の方へ遣し始めしよりおこれり」とあり、古くは平安時代からあった風習でそうす。
こうした農民の習慣が、武家にも伝わり、鎌倉時代には「八朔」の贈答という習慣がありました。
京都の祇園町では今も8月1日に、芸妓舞妓さんが正装の黒紋付で研鑽を積む芸事の師匠やお茶屋などに挨拶回りをすることが八朔の礼儀として続けられております。
室町時代には、贈物は太刀や馬に変化し、主従関係や縁故関係を確認するためにが頼み合う「田の実」節供となっていきました。
江戸時代には、八月朔日が徳川家康の江戸入城の日だったこともあり、幕府では正月とともに特に重んじて、八朔御祝儀の日としたそうです。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

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残暑お見舞い申し上げます

2014年 08月20日 - 日常

台風11号が過ぎ去り、お盆のころは肌寒い日々でしたが、今日は36.3℃の猛暑日が復活しました。
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今年のお盆は、最高気温が
13日-31.5℃
14日-31.9℃
15日-26.3℃
16日-22.4℃
と日を追うごとに涼しさが増し、朝晩は布団を欲するほどの陽気でしたが、一昨日(18日)から30℃超えの夏日となり、今日はようやく猛暑日を記録しました。
まだスッポリと秋に覆われてしまうには、田畑も野菜・果物にとっても少し早すぎると思っていましたのでひと安心しました。
眩しい太陽の下で、周りの空を見渡してみました。
IMG_20140820_143448  東
IMG_20140820_142856  南
IMG_20140820_142901  西
IMG_20140820_143457  北
夏の装いを残してはいますが、どことなく秋の雲の気配が感じられます。
明日も残暑厳しいいち日となりそうです。
ベスト8をかけて、聖光学園の試合(VS近江)もあります。
またまた暑く(熱く)なりますね。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

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盂蘭盆雑感④ ハアーコーリャコリャ♪

2014年 08月16日 - 日常

お盆をふるさとや行楽地で過ごした人たちのUターンラッシュは今日(16日)がピークとなりました。
各地の高速道路の上り線は渋滞し、画像は夕方5時現在の福島松川PA付近の模様です。
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今日は送り盆。
本来はこの日の晩に踊るのが盆踊り。
これは、地獄で受苦を免れた亡者がよろこんで踊る状態を模したといわれています。
夏祭りのクライマックスと言っても過言ではないでしょう。
盆踊りは地域の夏休みの行事として定着していますが、本来はお盆に帰ってくる先祖の霊を迎えてやさしく慰めるための踊りだったのです。
盆に踊るという行動のルーツは、踊り念仏だといわれています。
はるか昔の平安時代に僧侶の「空也(くうや)」が踊り念仏を始めました。
その後、鎌倉時代には「一遍(いっぺん)」が引き継ぎ、念仏踊りとなって広まりました。
踊りながら太鼓や鉦(かね)を鳴らしながら念仏を唱え、一心に踊りに集中し、煩悩を捨てられると考えられていました。
それが江戸時代になってそれぞれの土地の踊りが取り入れられ、「花笠音頭」や「河内音頭」など地域の特徴が組み込まれた盆踊りが始まり、郷土色豊かなものとなったのです。
盆踊りは、お盆に踊ることで帰ってきた先祖の霊を慰め供養するだけでなく、農作物の豊作を願うためでもあります。
農業を主としてきた日本ならではの文化でしょう。
豊作祈願は、豊作を願うと同時に自然の恵に感謝する機会にもなります。
日本の伝統行事では先祖供養と自然への感謝がつながっていることが多いですね。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

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