日常

氷点下30℃を下回る。

2019年 02月9日 - 日常

北海道内は8日に続いて上空に強い寒気が流れ込んでいることに加え、放射冷却現象の影響で厳しい冷え込みとなりました。
各地の最低気温は陸別町で氷点下31.8℃、弟子屈町川湯で氷点下30.9℃、阿寒湖畔で氷点下30.7℃と平年より11℃~12℃低くなり、札幌市でも平年より6℃ほど低い氷点下13.1℃となったそうです。
この冬、氷点下30℃を下回ったのは全国で北海道が初めてで、阿寒湖畔を含めた10の地点で、観測を始めてから最も低い気温を観測したようです。

最低気温の日本記録は、北海道旭川市で氷点下41.0℃を1902年1月25日に記録しました。
現在では、市街地の都市化による影響で、ここまでは気温は下がらないそうですが、周辺地域は今でも日本屈指の低温地域となっています。
ちなみに、この最低気温を記録した日は、北日本一帯が極端な冷気に包まれており、青森県では八甲田山事件が発生している事でも有名です。
あくまで非公認ですが、北海道名寄市で45.0℃を1953年1月3日に記録しました。
風連町のお天気博士と呼ばれた、上口清蔵さんが自宅近くで測定したそうです。

明日も東北と北海道では日本海側を中心に雪が降ったりやんだり、関東でも路面凍結に注意が必要です。
最高気温は真冬並みですから、マフラーなど寒さ対策を万全にして鑑賞会にお出かけ下さい。

紀平梨花、四大陸 SP5位から逆転優勝。  法華坊主 joe

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日本の映画賞はおもしろい。

2019年 02月8日 - 日常

外国映画に負けない興行成績を叩きだすようになった日本映画ですが、昨日(7日)は、映画・テレビ界で活躍したプロデューサーや将来有望な俳優を表彰する「2019エランドール賞」の授賞式が開催されました。
日本の映画賞も盛り上がりを見せており、スター俳優たちが授賞式の檀上に上がることが多く、ニュースにもなりますからみなさんもご存じでしょう。
その年でいちばん多くの賞を受賞した映画が何であるかを知ることは、映画を見るきっかけにもなります。
また映画賞それぞれの特色もあり、日本の映画賞はおもしろいんです!

中でも、日本アカデミー賞はテレビ放映もされるので、いちばんメジャーな賞だと言えます。
1978年からスタートし、審査は日本アカデミー賞協会会員(国内の映画関係者)による投票です。
今年の第42回授賞式は、今年3月1日に開催されますが、是枝裕和監督の「万引き家族」が作品賞・監督賞などを含む最多13の優秀賞を受賞しました。
作品賞、主演男優賞・女優賞、助演男優賞・女優賞など各賞の優秀賞に選ばれた作品・俳優・製作スタッフの中から、最優秀賞が決定します。

ブルーリボン賞は、東京のスポーツ新聞、スポーツ報知・デイリースポーツ・サンケイスポーツ・東京中日スポーツ・東京スポーツ・スポーツニッポン・日刊スポーツの映画担当記者による「東京映画記者会」が選ぶ、1950年から始まった映画賞です。
授賞式の司会は、前年度の主演男優・女優受賞者が務めることになっており、毎回ハプニングが起こったり、司会がグダグタでわけわかんなくなったりと、笑いに包まれることでも有名です。
今年の61回受賞式では、中田秀夫監督の「終わった人」での演技が評価され、舘ひろしが主演男優賞を獲得しました。

キネマ旬報ベストテンのスタートは1924年! 日本の映画賞でいちばん古い歴史ある映画賞です。
最初は外国語映画のみを選出していましたが、1926年から日本映画も選出するようになりました。
選ぶのは、映画評論家、新聞記者、映画雑誌編集者などから選抜した120人前後の選考委員で、それぞれが各部門の10本の映画を選び、1位:10点など数値化して合計点で受賞を決定します。
決してヒット作が受賞するとは限らず、キネマ旬報ベストテンだけが他の賞と結果が異なることもあります。
しかし、キネマ旬報本誌で各自の選考理由や得点の集計を掲載するので、透明性はいちばんありますね。今年の第92回キネマ旬報ベスト・テンの1位92は、日本映画は是枝裕和監督の「万引き家族」、外国映画はマーティン・マクドナー監督の「スリー・ビルボード」が選ばれました。
主演賞は、男優賞が「きみの鳥はうたえる」など3作に出演した柄本佑、女優賞が「万引き家族」の安藤サクラで夫婦での受賞となり、表彰式は10日、東京・文京シビックホールで開かれます。

他にも、映画賞レースのトップを切る「報知映画賞」、戦前からある歴史ある重要賞「毎日映画コンクール」、映画好きが集まった手作り感が人気の「ヨコハマ映画祭」、群馬発信のちょっとツウな映画賞「高崎映画祭」、映画ファンの温もりが感じられる「TAMA映画賞」、女優だけが受賞できる「山路ふみ子映画賞」、北野武が好き放題に選出する「東京スポーツ映画大賞」などがあります。
これからはハリウッドのアカデミー賞だけでなく、日本の映画賞にも注目してみてはいかがでしょう。

あす、東京都心で積雪の可能性大。  法華坊主 joe

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冬の風情を楽しもう。

2019年 02月7日 - 日常

過去最大級の寒波が襲来し、北日本を中心に東海関東でも積雪が予想されています。

四季折々の美しさを「雪月花」というように、雪には独特の魅力があり、それを表す言葉もたくさん生まれました。
言葉ひとつで雪の世界が広ります。
1987年にリリースされた新沼謙治の「津軽恋女」という歌があり、歌詞の一部に「降りつもる 雪 雪 雪 また雪よ 津軽には七つの雪が降るとか こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪 みず雪 かた雪 春待つ氷雪」とあります。
手に触れればすぐにとけてしまう雪ですが、その様子から様々な名前がついています。
ささめ雪・こごめ雪・灰雪・泡雪・淡雪・玉雪・ぼたん雪・花びら雪・餅雪・べた雪・ぬれ雪など他にもたくさんの雪の呼称があります。
その豊かな感性にふれ、冬の風情をもっと楽しんでみませんか?

北方領土の日、「不法占拠」使わず。  法華坊主 joe


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建築の守り人=営繕。

2019年 02月6日 - 日常

先日上京した時に、「富士屋ホテルの営繕さん -建築の守り人-」展(東京・中央区のLIXIL ギャラリー、~2019 年 2 月 23 日)を観てきました。
営繕(えいぜん)とは、建築物の営造と修繕のことをいい、具体的には、建築物の新築・増築・修繕及び模様替えなどを指します。
富士屋ホテルでは施設管理課のセクションに「営繕」が属し、木工事・左官・溶接・塗装など多岐にわたる業務を担当しているとのことです。

神奈川県箱根町宮ノ下にある、1878年(明治11年)創業の老舗ホテル「富士屋ホテル」が、今日も創業当時の趣を残している理由の一つに、裏方である営繕の仕事があります。
2018 年 4 月から富士屋ホテルが創業以来初めてとなる 2 年間の耐震補強・改修工事のため休館している現在、ホテルの造形物の一部展示など、この機会を利用して営繕の仕事の痕跡が残る様々な場面を紹介。
日々のメンテナンスから庭園の橋や水車、檜風呂造りにいたるまで多岐にわたる仕事を目にすると、営繕の役割がホテルにとって欠かせないものだと実感できました。
展覧会では、富士屋ホテルを支える営繕の仕事をとおして、歴史を受け継いで守られてきたおもてなしの空間の魅力を紹介していました。
会場内ではこの機会にしか撮れない建物の内外の撮り下ろし写真を中心に、富士屋ホテルの象徴である営繕作の朱赤の欄干をホテルから移設展示、手がけた空間の例としてコンシェルジュコーナーも再現。
さらに富士屋ホテルの建築群の築造の変遷も古写真で辿ることができ、興味深い展覧会でした。
改修終了後、営繕整ったホテルに宿泊出来たらイイですね。

米朝首脳、27・28日にベトナムで再会談。  法華坊主 joe

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アジア圏の年明け。

2019年 02月5日 - 日常

日本は新暦の1月1日を年明けとみなし特別な日と定めていますが、これに対し、多くのアジア圏では旧暦における1月1日を年明けとしています。
日本では旧正月と言いますが、特に中国圏における名称は「春節(しゅんせつ)」です。

今年の春節は、今日2月5日です。
この日は暦1月1日、日本で言う旧正月を指しますが、時差のため年によってはアジア圏の国の中でも日にちが異なる場合があります。
春節というと主に中国圏の祝祭日ですが、今年は近隣の国との日にちのズレはなく、中国やベトナムといった国々でも旧暦1月1日は同様に2月5日です。
中国において春節は日本の元日にあたり、その前後では1年で最も特別な祝日になり、通常、旧暦の大晦日から旧暦の1月6日までの7連休です。

中国の正月、春節は旧暦を基にしているので日本の正月とは日にちは大きくズレますが、風習としては似たようなものも多々見られます。
除夜の鐘や紅白歌合戦、お年玉、大掃除などです。
年越しそばではありませんが、餃子を食べる風習があるというのも面白いですね。
近年、この時期はたくさんの中国人旅行客が日本に来て、買い物をしていく「爆買い」が話題になりましたが、一時の爆買いが落ち着き、デジタル技術を駆使した新たな囲い込みが広がっているようです。

根本厚労相、賃金悪化認める。  法華坊主 joe




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暦通りのあたたかな日。

2019年 02月4日 - 日常

今日は「立春」。
暦通りのあたたかな日、日脚も延びて日差しも明るさを増してきます。
本格的な春に先がけて咲く梅に小さな春を感じる時期で、梅の名所では「梅まつり」の準備が始まります。

立春を迎えると立春大吉」というお札などを見かけるようになります。
これは、立春に禅寺の門前に貼られるお札に由来し、「立春大吉」の4文字は左右対称で表から見ても裏から見ても変わらないため、節分の鬼が勘違いをして家に入ってこない(邪気払いできる)といわれています。
また、立春は新しい年の始まりでめでたいため、立春の朝に搾った「立春朝搾り」の酒や、和菓子など立春に作った食べものも人気です。
暦のうえでは春とはいえ、春が産声をあげたばかりで寒い日が続きます。
立秋以降の暑さを「残暑」というように、立春以降は「余寒」となり、寒さをいたわる挨拶状も「寒中見舞い」ではなく余寒見舞い」となります。
また、立春から春分の間に初めて吹く南寄りの強風を「春一番」と呼びます。
気象庁では、風速8メートル以上の風が吹き、前日より気温が上がった時に春一番を発表しています。
もともとは、漁師が使っていた風を表すことばのひとつで、竜巻などの突風を伴うため警戒していました。

不正統計!国会本格論戦スタート。  法華坊主 joe

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今年の恵方は、東北東。

2019年 02月3日 - 日常

今日(2月3日)の「節分」は日本に古くから伝わる大切な行事です。
節分には、豆まきをしたり恵方巻きを食べる風習があります。

恵方巻は、大正時代に大阪の商人や花街で発祥した風習に由来するといわれています。
当時は、節分の時期においしく漬けあがったお新香を海苔巻きにし、商売繁盛を願って食べるというもので、景気づけの意味あいが強かったようです。
やがて、それを大阪の海苔や寿司業界が関西地方に広め、メディアやコンビニなどの流通業界の影響もあり、現在は全国的な広がりをみせています。
恵方巻は、その年の恵方(今年の恵方は東北東)を向いて丸かじりすると、願い事が叶ったり幸運に恵まれ、無病息災や商売繁盛をもたらすとされています。
さらに、縁起よく七福神にちなんで7種類の具を入れ、福を巻き込んだ太巻きを食べると良いとされ、福を逃さぬよう包丁で切ったり、途中で喋ったりしてはいけません。
また、太巻きを鬼の金棒(逃げた鬼が忘れていった金棒)に見立てて、鬼退治ととらえる説もあります。

節分に欠かせないものがまだあります。
鬼は、鰯(いわし)の生臭い臭いと、柊(ひいらぎ)の痛いトゲが大の苦手なのです。
そこで、鰯の頭を焼いて臭いを強くしたものを柊の枝に刺し、それを玄関先にとりつけて、鬼が入ってこないようにする風習があります。
これを「焼嗅(やいかがし)」「鰯柊」「柊鰯」「柊刺し」などと呼びますが、昔から臭いの強いもの、トゲのあるものは魔除けや厄除け効果があるとされています。
今では玄関先で見かけることも少なくなりましたが、節分のディスプレイには欠かせませんね。

明日は立春、5月並みの暖気が流入。  法華坊主 joe

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福を呼び込むための行事

2019年 02月2日 - 日常

節分の豆まきは、災いをもたらす鬼を追い払い、新年に福を呼び込むための行事です。

大豆は五穀のひとつで穀霊が宿るとされており、米に次いで神事に用いられてきました。
大豆は米よりも大粒でまいた時の音も大きいため、鬼(邪気)を払う力も大きいと考えられたのです。
そして、魔の目(魔目=まめ)に豆をぶつけて魔を滅する(魔滅=まめ)にも通じることから、節分に豆まきをするようになりました。
豆まきに用いる大豆は、必ず炒り豆でなくてはいけません。
これは、拾い忘れた大豆から芽が出てしまうと縁起が悪いためで、「炒る」が「射る」にも通じます。
つまり、「魔目」を「射る」ことで「魔滅」となるわけで、炒った大豆を「福豆」といいます。

窓を開けて「鬼は外!」と外へ向かってまき、鬼が戻らないようすぐに窓を閉めてから、「福は内!」と室内にまきます。
奥の部屋から順番に、最後は玄関までまいて、家中の鬼を追い出すのが良さそうです。
豆まきがすんだら、1年間無事にすごせるよう願いながら、自分の年齢よりも1つ多く豆を食べましょう(新しい年の分として1つ多く食べる、いわゆる 数え年として1つ多く食べる、もともとが数え年と考え新年の分を加えて2つ多く食べる、満年齢のまま食べるなど、地方によって異なる場合もあります)。
これを「年とり豆」といい、豆を食べることで新年の力をもらい、邪気を祓って福を呼ぶとされています。
明日の夜は、家族そろって大きな声で「鬼は外!、福は内!」。

元幕内貴ノ岩が断髪式、元日馬富士もハサミ。  法華坊主 joe

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追儺=邪気を追い払う行事

2019年 02月1日 - 日常

今日から2月(如月)です。
今月は、2日が初午(はつうま)、3日が節分(せつぶん)、4日が立春(りっしゅん)、11日が建国記念の日です。

節分に豆まきをしたり恵方巻を食べる方はとても多く、数ある年中行事の中でも人気が高く、お正月やクリスマスについで堂々3位の人気行事です。
本来、節分は季節の分かれ目である「立春・立夏・立秋・立冬の前日」のことをいい、年に4回ありますが、これが室町時代あたりから立春の前日だけをさすようになりました。
なぜなら、春を迎えることが新しい年を迎えることでもあったため、最も重要だったからです。
昔は、季節の分かれ目には邪気が入りやすいと考えられていました。
中でも重要なのは、年の分かれ目です。
旧暦では新年が春から始まったため、立春の前日の節分は、大晦日に相当する大切な節目だったのです。
古代中国では、大晦日に追儺(ついな)という邪気祓いの行事がありました。
これは、桃の木で作った弓矢を射って、鬼を追い払う行事です。
これが奈良時代に日本に伝わり、平安時代に宮中行事として取り入れられました。
その行事のひとつ豆打ちの名残が豆まきで、江戸時代に庶民の間に広がりました。豆を“打つ”から“まく”に変わったのは、農民の豊作を願う気持ちを反映し、畑に豆をまくしぐさを表しているからです。
こうして、新年を幸多き年にするために、災いをもたらす鬼を追い払う節分行事が定着していきました。
今年はちょうど日曜日に当たりますから、家族そろって節分を行ってはいかがですか?

新井浩文、女性に性的乱暴で逮捕。  法華坊主 joe

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廃墟絵画の歴史をたどる。

2019年 01月31日 - 日常

平成最後のお正月=1月も今日で終わりです。

今日で閉幕する「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」展を観に東京都渋谷区にある松涛美術館へ出かけてきました。

栄華や文明の痕跡を残しながら崩れ落ちようとする建造物や遺跡。
「廃墟」は西洋美術のなかで、風景画の一角にくりかえし描かれていました。
18世紀から19世紀にかけて、興味深いことにいわゆる廃墟趣味が流行すると、「廃墟」は絵画の主役の地位を確立していったようです。
「廃墟」を愛でること、描くこと-この美学は、近代に日本の美術のなかにも伝播しました。
なぜ人々は、流れる時間のなかで滅びた、またはいつか滅びてしまう、遠い昔のあるいは遠い未来の光景に、惹きつけられるのでしょう。
この展覧会では、西洋古典から現代日本までの廃墟・遺跡・都市をテーマとした作品を集め、これら「廃墟の美術史」をたどる企画展でした。
廃墟と言っても、遺跡から架空の廃墟まで様々な作品の展示がありました。
遺跡や廃墟はそれ自体も心惹かれる存在ですが、特に地下の展示は想像力豊かで面白い内容だったと思います。
廃墟の絵画の歴史も分かるし、廃墟好き必見の展示でした。
還暦が過ぎ人生の廃墟化が進む私の、鑑賞ナビを担当してくれた女史は同い年でしたが、なぜか輝いていました。(笑)

インフル患者数最悪 福島県内、今冬最多5245人。  法華坊主 joe

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