日常

「桜を見る会」総理さらに説明必要、約6割。

2019年 12月16日 - 日常

先週末の世論調査で、次の首相にふさわしい政治家を尋ねたところ、自民党の石破茂元幹事長が安倍晋三首相を上回りました。

9月の調査では首相が石破氏を抑えていましたが、「桜を見る会」をめぐる疑惑が首相を直撃する中、石破氏が「ポスト安倍」候補として一定の存在感を示した形でしょうか。

今回の調査では、石破氏が支持を集め、首相や小泉進次郎環境相らをリードしました。

桜を見る会に関する首相の説明は、自身の支持層でも「納得できない」が「納得できる」を上回っており、政権に厳しい姿勢で臨んできた石破氏が浮上したもようです。

今後、石破氏がポスト安倍に本格的に挑むには、自民支持層や若年層の支持を固める必要がありそうです。

一方、「令和おじさん」として存在感を高めていた菅義偉官房長官は9月調査から急落しましたが、菅氏に近い2閣僚の辞任などが、失速につながったとみられます。

国民は、国会閉会中であっても桜を観る会の疑惑解明が待たれますね。

 

元農水次官、懲役6年の実刑判決。  法華坊主 joe

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障害の社会モデル。

2019年 12月15日 - 日常

昨日の続きです。

今までの社会の仕組み、街の施設の多くは、多数派のことを考えて作られてきました。
そのため、多数派でなかった人にとって、不便さや生きづらさを感じるバリア(障害)が生じることがありました。
例えば、歩行が困難な人は階段しかない建物に不便さを感じます。
他方、国籍や文化が異なることで、理不尽に差別され、生きづらさを感じている人もいます。
しかし多数派は、誰かが不便さ、生きづらさを感じていることに、気がつきにくいのが現状です。
多数派中心に作られてきた世界ですが、徐々に世の中の考え方や取り組みは変わってきています。
不便さを感じている人にも配慮したアイデアが、次々と生み出されています。
例えば、視覚障害のある人がシャンプーとリンスの区別がつくように、シャンプーの容器には凹凸がついています。
ピクトグラムは日本語が読めない人のバリアを取り除きます。
「トイレ」の文字が読めなくても、図形を見ただけでトイレと分かります。
また、エレベーターは、車いす使用者に限らず、ベビーカー、大きな荷物を持った人にとっても、容易に他の階に移動することを可能にしました。
つまり、これらの解決方法は、結果として、多くの人の生活を便利にしてくれています。

「国連障害者の権利に関する条約」では、問題の本質は単に見えないとか聞こえないといった心身の機能的な制限のことではなく、社会のさまざまな障壁によってそのような人たちが社会に平等に参加できないことだとしています。
この考え方は「障害の社会モデル障害の社会モデル」という考え方を基礎にしています。
問題の原因がどこにあるかを見極めることは、解決方法を考えるにあたって、とても重要であることを学んできました。

 

東京オリ・パラのメイン会場「新国立競技場」竣工式。  法華坊主 joe

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互いを理解し、多様性を尊重。

2019年 12月14日 - 日常

昨日、ある研修会を受講して「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉を聞きました。

私の平素の生活ではあまり耳にしない言葉でしたが、講義を聴いてたいへん参考になりました。

ダイバーシティー(diversity)とは、英語で「多様性」を意味する言葉で、様々な違いを受け入れるという意味で用いられます。

ビジネスにおいてダイバーシティーが指す「違い」とは、以下の3種類に大別されます。

〇 外見・年齢・性別・国籍・言葉などの「見える違い」
〇 経験・育った環境・文化・宗教・学歴・地位などの「見えない違い」
〇 価値観・キャリア志向・組織観・職業観・ライフスタイルなどの「心理的傾向の違い」

ダイバーシティーという言葉は、上記のような違いを問わずに多様な人材を活用することで生産性を上げ、企業の成長と個人の幸せを同時に目指そうという意味で使われています。

インクルージョン(inclusion)とは、直訳で「包括」という意味の英語で、包み込む・全体をまとめるという意味で用いられます。

ビジネスにおけるインクルージョンという言葉は、多種多様な価値観や考え方を持つ人材一人ひとりの能力やスキルが認められ、組織で個人が活かされている状態を意味します。

インクルージョンはダイバーシティーと違い、多様な人材が組織に存在しているだけでなく、各々の能力が発揮され活躍できている状態を意味します。

ダイバーシティー&インクルージョンとは、文字通り「ダイバーシティー(多様性)」と「インクルージョン(包括)」を組み合わせた言葉で、意味としては「多様性を受け入れて活かし合おう」といったように表されます。

ダイバーシティー&インクルージョンは、ビジネスや企業ばかりでなく、私たちの日常生活でも身近なものとして、私たち一人ひとりがお互いに認め合い、尊重しあう社会を構築していかなければなりません。

 

梅宮アンナ惜別「最高のパパでした」。  法華坊主 joe

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お正月に重宝される目出度い植物.

2019年 12月11日 - 日常

12月になると、ちょっと街を歩いただけでも、ピラカンサス、ナンテン、クロガネモチなど赤い実のついた木をよく見かけます。

その赤い実がなる植物の中で、『両』の名前が付くお正月に重宝される目出度い植物といえば、「万両」「千両」「百両」「十両」「一両」と言われる植物だそうです。

縁起が良いからと、昔から人気があった植物らしいのですが、「百両」「十両」「一両」はさすがに知りませんでした。

庭木として親しまれている「千両」「万両」、名前もそうですが、冬に赤い実を付けるので正月の縁起物として人気があるこの二種です。

「千両」「万両」、両者とも常緑樹で冬に赤い実を付け、温暖な地方原産の木なので寒さには弱めという共通点があり、似たような名前をしていますが、「千両」はセンリョウ科、「万両」はヤブコウジ(サクラソウ)科と、科からして違う、全く関係の無い別の植物ということになります。

それ以外で両者の見分けかたは、
・株が地際で枝分かれしているか、枝分かれせず1本でまっすぐ伸びているか
・幹が緑色か、木質か
・葉のサイズ(大きければ千両、小さければ万両)及び付き方(対生か互生か)
・実を付けている位置が茎の頂点か、枝からぶら下がっているか
といったポイントがあるようです。

今季は、街角で見つけた「千両」「万両」について講釈を述べてはいかがですか?

 

吉野彰先生、晴れ晴れとノーベル賞受賞。  法華坊主 joe

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清算期としての年末。

2019年 12月10日 - 日常

師走になると「年の瀬(としのせ)」という言葉を使いますが、どういった意味なのでしょうか?

辞典では「年の瀬」の意味を「年の暮れ」「年末」「歳末」と説明するものが多くあります。

「年の暮れ」「年末」「歳末」は、1年の終わりのことを言いますが、いずれも、いつからいつまでを指す、とは言いにくいことばです。

また、国語辞典の中には「年の瀬」の意味を詳しく書いているものもあり、それを見ると「年の瀬」が具体的にどのぐらいの時期を指すのかがわかってきます。

例えば、『新明解国語辞典』(三省堂)では「(それをうまく越せるかどうかが問題である)清算期としての年末」と説明しています。

江戸時代は、商品を買う場合に代金を後払いにする「掛け売り」が多く行われていました。

「掛け売り」の支払いは、盆と暮れにまとめて払うことが多かったようです。

『新明解』は「年の瀬」を、「掛け売り」の支払いをちゃんと清算して、無事に年を越せるかどうかが問題になる「年末」のことだと説明しています。

こうした辞書の説明などから考えると、「年の瀬」は「年越し」の時期を限定して使う場合もあり、12月の終わりに近い時期に使ったほうが違和感がない!と言えそうです。

 

フィンランド新首相に34歳女性。  法華坊主 joe

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1年間、喪に服されましたか?

2019年 12月9日 - 日常

年末に入り、毎日のように喪中ハガキが届きます。
そこで、JPが発表している喪中ハガキの取り扱いを見て、本当にそうなの?と思ってしまいます。
喪中の期間は亡くなった日から1年間と記しています。
1年経てば、死者の穢れがなくなるだろうという考え方から、現在では、近親者が亡くなった日から1年間(13ヵ月の場合も有)を喪中とするのが一般的と記しています。
ならば、貴方さまはこの1年間本当に喪に服していたのですか?と問いたくなります。
49日忌前なら理解できますが、1年近く経っているのにですよ。
さらにjpでは、喪に服する範囲は一般的には故人を中心とした一親等(両親、配偶者、子)と、二親等(兄弟姉妹、祖父母、孫)までとされています。
ただ、最近では同居してるか別居してるかで考えを変える人もいます。
例えば、昔はおじいさんが亡くなったら、家全体で喪に服していましたが、最近では、同居か否かで変えている方もみられます。
同居のおじいさんが亡くなったら喪に服しますが、別居の場合は喪中としない方も多くなっています!とjpは記しているならば、喪に服する範囲と期間はもっと縮小されるのではないですか?と申し上げたい。
jpの勝手ないいわけに惑わされることなく、その人その人の、その家その家のご事情にあわせ喪中ハガキの取り扱いに留意されるのがよろしいのではないでしょうか。

皇后雅子陛下、56歳の誕生日。  法華坊主 joe

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豚のまんじゅう?

2019年 12月8日 - 日常

暮のご挨拶で、大きなシクラメンを頂戴しました。
花屋さんの店頭にとりどりのシクラメンがでまわる光景は、初冬からクリスマス、そして新年にかけての風物詩としてすっかり定着していますが、本来シクラメンは早春花であり、俳句では春の季語とされます。
南フランスやイタリア、シチリア島などの原産地では、野豚がその球根を掘って食べることから、英語でSowbread(豚のパン)とも呼ばれ、そのため明治初期、日本にシクラメンが入ってきた当初は『豚のまんじゅう』と呼ばれていたそうです。 
それではあまりにかわいそうだというので、植物学者・牧野富太郎博士が、『篝火花』という和名をつけました。
花弁が反り返った姿は、夜間に漁に出て行く舟が、帰る浜辺の目印にするという篝火(かがりび)にどこか似ていていることに因むようです。
その後、まるいことを意味するCyclamen(英語のcycle=サイクル)という学名を直接使って『シクラメン』と呼ばれるようになりました。
すっかり無彩色になった冬景色に、華やかな彩りを添えてくれるシクラメンですが、小椋佳作詞・作曲のあの『シクラメンのかほり』のイメージが強いのでしょうか、どこかうれいを秘めた雰囲気をもっているようです。
小説家・劇作家であり、俳人でもあった久保田万太郎は「シクラメン 花のうれひを 葉にわかち」という一句を詠んでいます。

石川遼、国内男子ツアー最終戦で優勝。  法華坊主 joe

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冬ならではの楽しい思い出を!

2019年 12月6日 - 日常

明日(7日)は、24節気のひとつ「大雪(たいせつ)」です。
山岳だけでなく、平野にも降雪のある時節ということから大雪といわれたものでしょう。
「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也(ゆきいよいよふちかさねるおりからなればなり)」という言葉が、江戸時代に発行された暦便覧(こよみびんらん)にあります。
「冬」というと、どうしても色あせた景色が心に浮かんできますが、荒涼とした風景は真っ赤に輝く夕日や、冴え渡る空に浮かぶ月の美しさを際立たせるような気がしませんか?
冬ならではの楽しい思い出も、寒い中だからこそ忘れがたいものになるのかもしれません。
慌ただしさの中にも、華やかな賑わいの季節です。
雪がいよいよ降り積持っていく時期になると九州地方でも初氷が張り、全国的に冬一色になり、スキー場がオープンしたり、熊が冬眠に入るのもこのころです。
健やかにこの厳しい寒さを乗り越えるためには、この時季ならでわはの行事をひとつひとつ楽しんでいきたいですね。

立憲・枝野代表、野党合流呼びかけ。  法華坊主 joe

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あたろうか、あたろうよ。

2019年 12月5日 - 日常

♪さざんか さざんか さいたみち
  たきびだ たきびだ おちばたき
 あたろうか あたろうよ
 しもやけ おててが もうかゆい ♬

童謡「たきび」(作詞・巽聖歌、作曲・渡辺茂)は、寒さのきびしい地方の歌と思っている人があるかも知れませんが、東京で生まれた歌です。
白やピンク、紅などの山茶花(サザンカ)の咲く頃が、たき火の季節です。
たき火と言えば、焼き芋を連想する人が多いことでしょう。
娯楽の無い時代には、たき火での語らいは楽しいひとときで、焼き芋はおいしいおやつでした。
作詞を担当した巽聖歌が亡くなるまで、千春夫人(長野県出身の洋画家)と住んでいた家の近くの旭が丘中央公園(東京都日野市)に「たきび」の一番が刻まれた歌碑が建てられているそうです。
また、故郷の岩手県紫波町総合運動公園、兵庫県明石市二見町の二見公園内にも歌碑があり、いずれも歌碑の近くに山茶花が植えられているといいます。
山茶花が咲くたびに「たきび」を歌って欲しいという願いが込められているのでしょうね。
近年は、焼却ごみのダイオキシン問題もあり、たき火が問題視されるようになり、平成13年(2001年)に廃棄物処理法が改正されてからは、廃棄物の野外焼却、いわゆる「野焼き」が原則禁止になりました。
それ以前も「ゴミの野焼き」は禁止されていましたが、この改正でより厳しく制限されることとなりました。
現代の「たき火」事情を、巽聖歌夫妻はどのように思っておられますかね。

壇蜜、ショートカット姿にネット騒然。  法華坊主 joe

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やさしくなれます。

2019年 12月4日 - 日常

先に観た美術展の感想を述べる前に、次の美術展を鑑賞してしまい、頭の中がゴチャゴチャしています。
クリスマスのイルミネーションが輝き始めた東京・丸の内にある、明治期に建築家ジョサイア・コンドルが設計した三菱一号館を復元した美術館で催されている「印象派からその先へ ―世界に誇る吉野石膏コレクション展」(~2020-01/20)から観後感を述べましょう。
印象派などの名品で世界に誇る吉野石膏コレクションは、優しく、親しみやすい作品が多く、フランス近代絵画の流れを一望できるものです。
ルノワールの初期から晩年までの重要な作品、モネの《睡蓮》や、ピサロ・シスレー・セザンヌの詩情豊かな風景画、ルノワール・ドガ・カサットによるパステル画、ピカソの肖像画、国内有数の質と量を誇るシャガールの油彩画など、選りすぐりの72点が一堂に会します。
石膏ボードでおなじみの大手建材メーカー・吉野石膏株式会社による、珠玉のコレクションです。
同社は「安全で快適なくらし」という企業理念のもと、人々に精神的な豊かさをもたらす美術の分野でも貢献したいと考え、美術の蒐集と一般公開を行ってきました。
とりわけ先代の社長・須藤永一郎氏の代に集められた西洋絵画には、モネ・ピサロ・ルノワールら印象派から、ピカソ・シャガールなど20世紀の作家まで、世界に誇る優品があります。
特に、クロード・モネの《睡蓮》1906 年は、モネが「睡蓮」の連作に本格的に取り組み始めたころの作品で、水面に描かれたピンクがかった雲と蓮の花の色が共鳴するかのようです。
他の作品については、今回ナビゲートしてくれた友人と会期中に再観の約束をしていますので、その後にブログさせてください。
三菱一号館美術館は、年間パスポートを購入していますので、何度でも観ることができます(笑)

アフガンで中村哲医師が銃殺により死亡。  法華坊主 joe

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