日常

増える高齢者交通事故。

2019年 05月28日 - 日常

最近、認知症や判断力の低下した高齢者の危険運転による交通事故が多発しています。
私の身近な人も、その被害者になりました。
もちろん、身体的被害はありませんでしたが、新車納入ひと月未満の愛車が被害に遭い落ち込んでいました。

高齢者が起こす交通事故が増加傾向にありますが、警察庁発表交通事故死亡者統計によると、脇見やよそ見、考え事などの発見の遅れの事故が、83.5%と大半を占めています。
交通事故死者数は減っていても、高齢者の起こす事故は増えているそうです。
原因には何があるのでしょうか。

経験を積めば積むほど慢心がちになるのも事実です。
『ハインリッヒの法則』にあるように、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常があるといいます。
地域性、利便性など生活環境によって一概に否定はできませんが、「生涯現役」という言葉がある限り、免許の自主返納は進まないのではないでしょうか。
加齢による身体機能の低下によって、ハンドルやブレーキ操作が遅れて事故を起こすこともあり得ることを認識したうえで、早めのライト点灯や安全な速度での運転を心がけましょう。
また、交通安全講習会や実技研修、運転適正検査なども活用して自分の運転能力をチェックしましょう。
そのほか、運転に自信がなくなったり、家族から「運転が心配」と言われたりしたら、勇気を出して免許の自主返納も考えましょう。

川崎で小学生ら19人刺され、2人死亡。  法華坊主 joe

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猛暑日の中、おかげさまで

2019年 05月26日 - 日常

「手づくり寺 Vol.5」にご来場の皆様、出店者の皆様、まことにありがとうございました。
五月の晴天にも恵まれ、最高気温35.3℃の猛暑日の中ではありましたが、お蔭さまで事故なく開催することが出来ましたこと厚く御礼もうしあげます。

次回の「手づくり寺 Vol.6」の開催は、2019年9月29日(日)10:00~15:00、立正院境内で行われます。
出店希望の方は、事務局までお問い合せください。
今回の模様を記録したアルバムについては、追ってUpします。

トランプ大統領、異例のおもてなし。  法華坊主 joe

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明日、手づくり寺 Vol.5

2019年 05月25日 - 日常

今日の福島の最高気温は、32.7℃の真夏日。暑かった!
明日は36℃が予報されています。
そんな中ではありますが、明日は立正院境内において「手づくり寺 Vol.5」が開催されます。
吾妻・安達太良を望む小さなお寺の境内は、手づくり人が造り上げた布小物・編み物・革製品・洋服・アクセサリー・ベビー用品などの作品を陳列したお店が28店舗並びます。
お店の紹介は次の通りです。
アメブロ【手づくり寺★立正院】
Instagram【rissyouinn】
Facebook【立正院きしもじん】
Twitter【立正院】

さらに今日は、明日開店の「プティリジエール」へご祈願に出向いてきました。
プティリジエールは、二本松市の霞が城(お城山)の頂にあった珈琲店をリフォームして、東京で修業された若いお二人(奥様は二本松出身)が小さな洋食屋さんとしてオープンします。
法華坊主は、開店前に商売繁盛・千客万来・店内安全、そしてオーナー夫妻の健康増進と業務安全を祈願してきました。
メニューや店舗情報については、お店のHP【petitriziere.com/】をご参照ください。
慶さん、かおりさんのご健闘をお祈りいたします。

トランプ大統領、令和初の国賓で来日。  法華坊主 joe

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浮世絵の歴史をほぼ網羅。

2019年 05月24日 - 日常

今日も暑かったですが、明日以降はもっと暑くなりそうですね。
今週は昨日まで東京滞在でしたが、雨の日も晴れの日もあって、今年も急な天候の変化に悩まされる予感がいたします。

在京中に暇をつくって、「オーバリン大学アレン・メモリアル美術館所蔵メアリー・エインズワース浮世絵コレクション -初期浮世絵から北斎・広重まで」(~5/26)を観に千葉市立美術館を訪ねました。
アメリカ・オハイオ州オーバリン大学のアレン・メモリアル美術館には、アメリカ人女性メアリー・エインズワース(1867-1950)が、この母校に寄贈した1500点以上の浮世絵版画が所蔵されています。
明治39年(1906)、エインズワースの来日を契機に始まったこのコレクションでは、珍しい初期の作品から、鳥居清長(1752-1815)や喜多川歌麿(?-1806)など錦絵が興隆をみた黄金期の作品、葛飾北斎(1760-1849)、歌川広重(1797-1858)の活躍による幕末の風景画に至るまで、浮世絵の歴史をほぼ網羅することができる展覧会です。
初期の単色刷りから徐々に色が加わっていく過程を観るのも楽しく、個人的には赤・緑が加わった頃の浮世絵が美しく、琴線に触れました。
よく知られた人気のある作品ばかりでなく、希少な作品も多く、また保存状態も良好で、浮世絵版画の魅力を余す所なく伝える美しいコレクションですが、これまでアメリカにおいてさえ大規模な展覧会は行われたことはなかったそうです。
この美術館は初めてお訪ねしましたが、さほど込んでいないので都内の美術館よりゆっくり回れました。
浮世絵や江戸絵画、現代美術を中心に、独自の切り口をもった展覧会で全国的に評価されている美術館だそうで、ネオ・ルネサンス様式の近代建築を内包した建物も見どころのひとつのようです。

英メイ首相が辞意表明、EU離脱が難航。  法華坊主 joe

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今日は、身延入山の日。

2019年 05月17日 - 日常

鎌倉時代、疫病や天災が相次ぐ末法の世、「法華経」をもってすべての人々を救おうとした日蓮聖人は、三度にわたり幕府に諫言(かんげん)を行いましたが、いずれも受け入れられることはありませんでした。
当時、身延山は甲斐の国・波木井(はきい)郷を治める地頭の南部実長(なんぶさねなが)の領地でした。
日蓮聖人は信者であった実長の招きにより、1274(文永11)年5月17日、身延山に入山し、同年6月17日より鷹取山(たかとりやま)のふもとの西谷に構えた草庵を住処としました。
このことにより、1274年5月17日を日蓮聖人身延入山の日、同年6月17日を身延山開闢(かいびゃく)の日としています。

日蓮聖人はこれ以来、足かけ9年の永きにわたり法華経の読誦と門弟たちの教導に終始し、1281(弘安4)年11月24日には旧庵を廃して本格的な堂宇を建築し、自ら「身延山妙法華院久遠寺」と命名されました。
翌1282(弘安5)年9月8日、日蓮聖人は病身を養うためと、両親の墓参のためにひとまず山を下り、常陸の国(現在の茨城県)に向かいましたが、同年10月13日、その途上の武蔵の国池上(現在の東京都大田区)にてその61年の生涯を閉じられました。
そして、「いずくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候」という日蓮聖人のご遺言のとおり、そのご遺骨は身延山に奉ぜられ、心霊とともに祀られました。
日蓮聖人の身延御入山の聖日にちなみ、聖人の御生涯の一部を紹介しました。

なつぞら、泰樹「東京を耕してこい」。  法華坊主 joe

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初物七十五日。

2019年 05月16日 - 日常

昨日に続いて「初鰹」。
江戸時代、初物を熱狂的に好んだ江戸の人々にとって、旬の鰹は別格も別格でした。
江戸八百八町では毎年、誰が「初鰹」を買うか興味津々で、それを食することが江戸っ子の粋の証でもありました。
春から初夏にかけ、黒潮にのって太平洋岸を北上する鰹は、脂身が少なくさっぱりとした味が美味です。
旬の味覚だからこそ、薬味をいっぱいのせてこの時期の味を食べなきゃソンというものです。
「女房を質に入れても初鰹」と川柳に読まれたりするほど、江戸での初鰹の人気は熱狂を極めていました。
当時は文政6年(1823年)11代将軍家斉のころには、初鰹1本に金4両という最高値がつけられたとも伝えられています。
町方奉公人の年収が男性で2両といわれている時代ですから、庶民にとって目の飛び出るような金額だったはずです。
現在も年始めの魚河岸初競りで高額取引が行われていますが、まさにそれと同じような感覚だったのでしょう。
初鰹はなぜそこまでの大フィーバーを巻き起こしたのでしょうか? 
それは江戸に「初物七十五日」ということわざがあり、時季初めのものを食べると寿命が75日延びるといわれていたからです。
特に鰹は鮮度が勝負の魚のため、いち早く食することでそのおいしさと御利益とステータスを得ようとしたのでしょう。
法華坊主は昨夜、女房を質に入れずに初鰹をいただきました(笑)

沖縄地方、梅雨入り。  法華坊主 joe

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脂が少なくさっぱりと。

2019年 05月15日 - 日常

江戸時代の俳人、山口素堂の有名な句に「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」があります。
初夏のこの時期、目にはさわやかな若葉の色が映り、耳にはほととぎすの鳴く声が聞こえ、口には初鰹の美味が味わえるという意でしょう。
視覚、聴覚、味覚で、初夏を堪能する句ですね。

初鰹は脂が少なくさっぱりした口当たり、秋に出回る戻り鰹は脂がのって、濃厚なおいしさです。
鰹は古くから日本に馴染みの深い魚で、古事記にも登場し、縄文時代には食べられていたようです。
魚へんに堅い! と書くのは、傷みやすい魚なので、生食せずに干して堅くしていたから、と言われています。
江戸時代、食中毒の恐れから、土佐藩では鰹の生食を禁じたそうですが、その為、表面をさっとあぶった「たたき」が有名になりました。
鰹は「松魚」とも書きます。
切り口が松の年輪に似ているから、あるいは鰹節の色が松の木肌の色に似ているから、などと言われます。
鰹節は「勝男武士」と書いて、縁起の良いものとして、結納品のひとつにも数えられています。
今夜は初鰹で一杯、いかがですか。

スルガ銀行、不正融資1兆円。  法華坊主 joe

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令和最初の世界遺産。

2019年 05月14日 - 日常

国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関は13日、日本最大の前方後円墳「仁徳天皇陵古墳」(堺市)を含む大阪府南部の「百舌鳥・古市古墳群」を世界文化遺産に登録するよう勧告しました。
全49基の古墳が対象で、文化庁が14日未明に発表しました。
6月30日~7月10日にアゼルバイジャンで開かれるユネスコ世界遺産委員会で正
式に決まる見通しで、天皇や皇族が葬られた「陵墓」が世界遺産になるのは初めてです。

毎年増え続ける世界遺産。
でも正直、いま日本にいくつの世界遺産があるかちょっとわからなくなっていませんか? 
現在、18件の文化遺産と4件の自然遺産、計22件が登録されています。
この数を多いと考えるか、少ないと考えるかは人それぞれだと思いますが、22件という数は全世界で12位となっています。
ちなみに一番多い国はイタリア(54件)、次いで中華人民共和国(53件)、スペイン(47件)、同数でドイツとフランス(いずれも44件)と続きます。
ここでお伝えしたいのが、日本の世界遺産数である「22件」という数字、これはあくまで世界遺産の名称としてリストに記載されている数であって、実際の世界遺産の「構成資産」「さらに細かい資産(施設)」まで考えるともっとたくさんあるということです。
例えば『古都京都の文化財』という世界遺産には、清水寺や金閣寺、銀閣寺等々があるって風にですね。
けっして今回の登録勧告を非難するつもりはありませんが、なんか「世界遺産のたたき売り」と思うのは私だけでしょうか。
安倍総理、くれぐれもG20に向けて政治利用には使わないで下さいね。

維新が「戦争発言」の丸山穂高衆院議員を除名。  法華坊主 joe

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5月の第2日曜日。

2019年 05月13日 - 日常

昨日は「母の日」でした。
日ごろ叶わぬ施しの親孝行を精一杯つとめることが出来ましたか。
亡き親においても、功徳を回向することが最要の孝養ですから、そのつとめを果たすことが出来ましたか。

日蓮聖人の教えには「親は十人の子をば養えども、子は一人の母を養うことなし。あたたかなる夫をばいだきて臥せども、こごえたる母の足をあたたむる女房はなし」(刑部左衛門尉女房御返事)というお言葉があります。
その意は「親は十人もの子供がおれば、自分のなりふりかまわずに懸命になって養育するものです。しかし子供が大きくなった時に、私が孝行させてもらいます!という子が、果たして何人いることでしょう。また結婚後の寒い冬の夜、あたたかな体をいだきあって床を楽しむ夫婦はあっても、こごえ切った母の足を気ずかう者は少なく、あたためてあげようとする者はおりません」とお嘆きの言葉を遺しておられます。

母の日の由来は、古代ローマ時代のローマでにおいて神々の母リーアに感謝するための春祭りが行われていたのが起源であるとか、17世紀のイギリスで復活祭(イースター)の40日前の日曜日を「マザーズ・サンデー」とし、母親と過ごすために出稼ぎ労働者を里帰りさせていたのが広まったからなどの説があります。
日本の「母の日」に関しては、アメリカのジャービス母娘の活動から始まったというのが定説となっており、終戦後の1947年(昭和22年)公式に5月の第2日曜日が「母の日」となりました。
ちなみに父の日は、6月の第3日曜日(6/16)です。

サニブラウン、9秒99。  法華坊主 joe

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田植えは、田の神のお祭り。

2019年 05月11日 - 日常

立正院境内そばの田んぼでは、田植えが最盛期を迎えています。
私が子供の頃は6月に入ってから田植えをしていましたが、年々早くなってGWになると田植えを始める農家もあるようです。
苗代で育てた稲の苗を田に植えつける田植えは、稲作水稲栽培のうちで最も重要な作業です。
昔は、24節気の芒種(6月6日ごろ)の頃に行うものとされ、一株ずつ手で植えていくつらい重労働でしたが、今では、品種によっても地方によっても、その時期に多少の違いがみられ、機械化が進み、それほど大変な作業ではなくなりました。
一軒の家の田植えは一日で終えてしまわなくてはならなかったので、地縁・血縁関係で結ばれた大勢の村人の共同作業で行う必要がありました。
実際に田に入って田植えをするのは女性の仕事で、忌みごもりをして身を清めた早乙女たちが一列に並んで田に入り、苗代から取り分けた早苗を本田に植え替えていくのです。

また田植えは、実際の農作業であると同時に、田の神の祭りを行う大切な行事でもありました。
田の神に供えるものや供え方は、地域や家によっていろいろで、お膳や箕を用いて、神棚や田んぼの水の取口、畔などにおむすびやお神酒、苗などをお供えしたそうです。
田植えのはじまる日に供える地域もあれば、田植えが終わったあとに手伝ってくれた人たちと一緒に宴会も兼ねて、お供えをした地域もありました。
各家々で田植えが一段落すると、「農休み(田植え休み)」の触れを出して、お祝いにお餅などを配ったり、里帰りしたりしていたそうで、農繁期の束の間のお休みだったのですね。
現代の田植え風景とは違った温もりが感じられそうです。

今日、福島市28.6℃。今年最高!  法華坊主 joe

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