日常

徐々に秋冬モードに移行

2018年 10月14日 - 日常

ここ数日、めっきり涼しくなり、境内から見える吾妻・安達太良山も色付きを増してきました。
つい先週までは夏日もあり、半そで姿も画になっていましたが、やせ我慢は禁物と上着を羽織る秋冷の陽気です。
一般的には、10月1日が「衣替え」で、平安時代の宮中行事から始まった習慣です。
中国の風習に倣って4月1日と10月1日に夏服と冬服を入れ替えましたが、気候の一定しない近年では、暑い日があると思えば急に肌寒くなる日もあったりして、一概に「今日から冬装束に変わります」と言われてもピンとこないのではないでしょうか。
衣替えのタイミングは「最低気温が20度程度になったら」あるいは「日中の気温が25度を下回るようになったら」ときが最適だといわれます。
風が涼しくなったと感じたら、羽織ものやストールで調整しながら、徐々に秋冬モードに移行していかなければいけませんね。

また衣替えは、手持ちの服や、収納方法を見直すチャンスです。
服を入れ替える時に、クローゼットの使い方を見直してみてはいかがでしょう。
そして最も大切なのが、「心の衣替え」ではないでしょうか。

「来年10月1日に消費税引き上げ」表明へ。  法華坊主 joe

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御会式は秋の風物詩

2018年 10月12日 - 日常

日蓮聖人がお亡くなりになられた日(ご入滅の忌日)に営む法要を「御会式(おえしき)」といいます。
「報恩講(ほうおんこう)」「恩命講(おんめいこう)」「御命講(おめいこう)」ともいいます。
松尾芭蕉の句に「御命講や 油のような 酒五升」とあり、元禄の頃には江戸を代表するような盛大な行事になっていたことが伺い知れます。
もともとの「お会式」の意味は「法会の儀式」の略語であり、法華宗や日蓮宗に限ったものではありませんが、現在の日蓮聖人の忌日に行う報恩会の事を指すことになっています。

今日はそのお逮夜でもあり、法華坊主の誕生日でもあります。
日蓮聖人御入滅の霊跡である池上本門寺では、12日の御逮夜に万灯練供養(万灯行列)が行われます。
100を超える各地の万灯講中が練り歩き、池上の町は深夜まで万灯の灯りとお題目に包まれます。
その様子は古くから秋の風物詩として名高く、安藤広重の名所江戸百景などの浮世絵にも当時の賑わいを知ることができます。

新天皇即位、GW10連休へ。  法華坊主 joe

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山のふもとの裾模樣

2018年 10月11日 - 日常

昨日までの秋の晴天とは打って変わり、今日は冷たい雨が降っています。
この雨によって埃も洗い落とされ、紅葉も色鮮やかに映えることでしょう。
紅葉が見頃を迎える紅葉前線は、9月頃に北海道から徐々に南下していき、紅葉が始まってから完了するまでは約1ヶ月かかります。
見頃は、開始後20~25日程度で、時期は北海道が9月下旬、東北地方が10月、その他の地域は11~12月上旬頃のようです。
紅葉や黄葉が進行する条件は、1日の最低気温が8℃以下の日が続くと色づき始め、さらに5℃以下になると一気に進むとされます。
美しい紅葉の条件には「昼夜の気温の差が大きい」「日照時間が長い」「湿気が少なく乾燥している」などの条件が必要です。
紅葉の名所にはこの条件をよく満たす山岳地帯が多いようです。

この季節になると、思わず口ずさんでしまうのが、日本の童謡・唱歌「紅葉(もみじ)」(作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一)です。
♫ 
秋の夕日に照る山もみじ/濃いも薄いも数ある中に/松をいろどる楓(かえで)や蔦(つた)は/山のふもとの裾模樣(すそもよう)
溪(たに)の流に散り浮くもみじ/波にゆられてはなれて寄って/赤や黄色の色さまざまに/水の上にも織る錦(にしき) ♫
紅葉狩り、ご一緒しませんか?

問題抱えたまま、豊洲市場開場。  法華坊主 joe

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晴れの特異日

2018年 10月10日 - 日常

10月10日が東京の晴れの特異日であったことから、1964年の東京オリンピックの開会式の日に選ばれた」と言われていますが、10月10日は統計的に晴れが多い日とは言いがたいようです。
1959年発行「気象学ハンドブック」によれば、10月の特異日は14日とされており、事実、1971年から2000年までの30年間のデータをみても、雨が全く降らなかった日で10月9日が17回、10日が19回、11日が14回と、大きな差はないようです。

また、2012年4月5日放送の『ビーバップ!ハイヒール』では、以下のエピソードが紹介されました。
1959年に日本オリンピック委員会から気象庁の大野義輝氏に「日本の戦後の復興を世界に見せるために、絶対に晴れる日を開会式に選びたい」との依頼があり、秋晴れの10月がまず選ばれたそうです。
5月の五月晴れではヨーロッパの選手が寒い時期に調整となるため配慮されたとのこと。
大野氏の調査結果では、10月に最も晴れる確率が高いのは15日、次点が10日でした。
日本オリンピック委員会は1964年は10月15日は木曜日と平日なのに対し、10日は土曜日であることを重視し、10月10日に決定しました。
10月10日は「特異日」というほど晴れが多いわけではありませんが、日本オリンピック委員会の絶対に晴れにしたいという思いから、晴れる確率ができるだけ高い日が選ばれたと考えられるようです。
今日のお天気、皆さんの周りではいかがでしたか。

浅間山荘事件を指揮した佐々淳行さん死去。  法華坊主 joe

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清浄を重んじる祭り

2018年 10月10日 - 日常

地元の秋祭りも無事終了しました。
日付はすでに10日になっていますが、ちょっと考えてみます。
今でこそ、老若男女問わず誰でも参加できる山車祭が多くなってきましたが、古くは女人禁制と言って、女性は山車の運行に参加できず、曳き綱に触れることすら出来ないお祭りもありました。
今でも歴史や格式を重んじる祭りでは、女人禁制の伝統を守っています。
さて女人禁制についてですが、男女平等・男女同権と言われる今日では、その考えは男女差別だと言われそうですが、この女人禁制、古くは女性は穢れ(けがれ)ているとされ、清浄を重んじる神社の祭りには遠ざけられてきました。
こうしたことから「男尊女卑」という考え方も横行したのでしょう。
では、なぜ女性を穢れとしたのかというと、古くは血を穢れとする考え方がありました。
伊勢神宮などでは忌み言葉と言って、血のことを汗「あせ」とか表現したそうです。
しかし本来、神道の考え方では女性だけを穢れとしたわけではありません。
穢れとは気枯れで、健康な状態を元気と言うように、本来あるべき気が枯れてしまった状態が穢れ(気枯れ)なわけです。
長い歴史の中で神道本来の穢れの考え方が歪み、特に生理を伴う女性を軽視するようになり、山車の運行などの神事には女人禁制となったんだと思います。
同じように、男性でも病気だったら穢れなわけです。
また、毎年祭りに参加する男性でも、近親者の死去による穢れによって参加しない場合もあります。
今では多くの山車祭で女性・女児の参加が見られるようになりました。
女人成仏を説く『法華経』を拠とする法華坊主ですから、祭りの女性参加を決して否定はしません。
ただ私たちの母の時代までは、祭りの際には女性は陰に廻って、表舞台で活躍する男性を支えていたことも忘れてはいけません。
祭りは神事・仏事であって、カーニバルやフェスティバルではないことを肝に銘じていただきたいですね。
こんな事を言う法華坊主は、時代錯誤ですか?

巨人の2年ぶりCS進出が決定。  法華坊主 joe

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草木に冷たい露降りる

2018年 10月8日 - 日常

今日(8日)は、24節気のひとつ「寒露(かんろ)」です。
寒露とは、草木に冷たい露が降りる頃という意味です。
昼間は晴れるとまだ少し暑いときがありますが、朝晩はひんやりと冷え込むようになり、暦どおりに秋を感じるようになりました。

また10月の第2月曜日は「体育の日」。
もともとは10月10日で、1964年に日本で初めて開催された東京オリンピックを記念し、1966年(昭和41年)に「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう日」として制定された国民の祝日です。
2000年(平成12年)から「ハッピーマンデー制度」が適用され、10月の第2月曜日になりました。
運動会が開催される地域や学校も多く、「スポーツの秋」を満喫したいものです。
そして、2年後には再び東京でオリンピックが開かれます。
会式は2020年7月24日(金)午後8時から、閉会式は8月9日(日)午後9時からの予定です。
約1か月後、8月25日(火)から9月6日(日)までの会期でパラリンピックが開催されます。
んな戦いが繰り広げられるのか今から楽しみですね。
真夏の大会ということで、選手の体調管理など気がかりなこともありますが、国民の祝日になるのかも?とちょっと期待しています。

第54代横綱・輪島、死去70歳。  法華坊主 joe

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お祭りから帰ってきたら

2018年 10月8日 - 日常

昨日(6日)で二本松の提灯祭りが終了しました。
最終日の夜は4町と3町のふたつに分かれ、合同引き廻しが行われます。
特に3町の出発は「霞ヶ城・箕輪門」からで、一説によると「まさに歴史絵巻を観るよう」だそうで、ひととおり廻った後も名残惜しさゆえ、なかなかお囃子は止まず夜が更けるまで満天の空に鳴り響きます。

そして今日は、地元松川の提灯祭りです。
観光情報ナビによると、松川提灯祭りは約60年前に、松川町の5つの若連が、5台の山車に提灯を付け、松川の町内を練り歩いたのが始まりとされています。
現在は、本祭りの夕方から、松川町八町連合、松川町五町連合が中心となり、13台の山車にそれぞれ約350個の提灯を付け、子どもたちのお囃子を奏でながら松川町内を二手に分かれて練り歩きます。
松川町八町連合の8台は松川町の西側を練り歩き、松川町五町連合の5台は松川町の東側を練り歩きます。
八町連合の山車は、歴史を多く刻んだ旧奥州街道を連ねて進む風情を、ゆっくりと楽しめます。
また、五町連合の山車は、通称丸井坂と呼ばれる坂を一気に駆け上がるため、勇壮な姿を楽しめます。
それぞれ松川町内を練り歩いた後、八町連合は松川支所・学習センターへ、五町連合は東北本線JR松川駅へと集結します。
山車からの掛け声はより一層大きくなり、子どもたちのお囃子も激しさを増し、参加者と観客が一体となった祭りのフィナーレも見どころです。
しかしザンネンながら、昨日入手した二本松の提灯祭りのプチ情報を聴くと、その「伝統と格式」に脱帽です。
松川のお祭りも、歴史と伝統、信仰と格式を伴ったお祭りに成長してほしいと願っています。

お祭りから帰ってきたら、とっくに日付が変わっていました(笑)

加計理事長、首相との面会を改めて否定。  法華坊主 joe

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菊座、黒皮、ちりめん、知ってる?

2018年 10月5日 - 日常

街にはハロウィンのお飾りが賑やかになってきました。
ハロウィンの目玉のひとつがカボチャです。
東南アジアのカンボジアは、ポルトガル語で「カンボジャ」と呼ばれます。
日本における「カボチャ」の呼び名は、この「カンボジャ」に由来すると言われています。
カボチャは漢字で「南瓜」と表記しますが、南方のカンボジア方面から持ち込まれた瓜なので、「カンボジャ ⇒ カボチャ」と名付けられたようです。
ただし、カボチャの本来の原産地はアメリカ大陸で、大航海時代以降に世界に広まりました。
日本に伝わったのも16~17世紀(戦国時代から江戸時代前期)ごろと最近ですが、江戸時代のうちに庶民生活に浸透し、俳句にも多く詠まれました。
小林一茶の句に「鶺鴒(せきれい)がたたいて見たる南瓜かな」というのがあります。

かつて日本で栽培されるカボチャの主流は、菊座、黒皮、ちりめんなどの名のつく「日本カボチャ」でしたが、近年は「西洋カボチャ」が主流になりました。
「西洋カボチャ」はほくほくとして美味いため、栗南瓜とも呼ばれます。
なお、ハロウィンに用いられるオレンジ色のかぼちゃは「ヘポカボチャ」と呼ばれる種で、ズッキーニと同じ種類だそうです。
ちなみに、冬至にカボチャを食べると魔除けになり、風邪や中風にかからないといわれてきましたが、野菜の少ない時期の栄養補給の意味があったようです。

ノーベル平和賞、ムクウェゲ医師でよかった。  法華坊主 joe

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まず敬神の意を昂揚

2018年 10月4日 - 日常

台風25号の沖縄最接近!が報道されていますが、福島は穏やかな一日でした。
今日から、二本松の提灯祭りが始まりました。
公式HPによると、今から約370年前(1643年:寛永20年)丹羽光重公が二本松城主として入部、「よい政治を行うためには、領民にまず、敬神の意を昂揚させること」と考え現在の栗ヶ柵に二本松神社をまつり、領民なら誰でも自由に参拝できるようにしたのが「提灯祭り」の始まりといわれております。
提灯祭りで一番のみどころとなるのは、4日の宵祭り。
この日は各町内から鈴なりの提灯をつけた7台の太鼓台が繰り出し、二本松神社のかがり火を紅提灯に移します。
太鼓台は威勢のいい若連のかけ声とお囃子を奏しながら、市内を勇壮に練り歩きます。
夜空を赤々と焦がしながら移動する3000もの提灯は見物客まで熱くします。

最初は、旧暦の8月15日を挟んで行われていましたが、大正7年(1918年)の二本松大火から、現在の10月4日・5日・6日に行われるようになったそうです。
来年からは10月の第1日曜日を中心に行われると伺いましたから、10月4~6日に行われるのは最後となりますね。
どのお祭りもそうですが、ご縁日が定められていたものを人間様の勝手な都合で日にち変更されたら一番お困りになるのは「神様」です。
お祭りというものは、「観光」が「信仰」を超えてはなりませぬ。
ところで、あの娘は帰省しているのかしら・・・。

内閣改造「評価せず」45%。  法華坊主 joe

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出雲の国に集まり会議

2018年 10月1日 - 日常

今日から10月、別名を神無月(かんなづき)といいます。
この月に日本中の神様が、出雲の国に集まり会議を開き、他の国には神様がいなくなってしまうことから「神無月」と呼ばれてきました。
神様の集まる出雲の国では「神在月(かみありづき)」と呼ばれています。
10月は全国の八百万の神様が、一部の留守神様を残して出雲大社(島根県出雲市)へ会議に出かけてしまうと考えられてきました。
年に一度、出雲大社に集まった神様たちは、人の運命や縁(誰と誰を結婚させようか)などを話し合います。
遠く離れた者同士が知り合い、結婚するようなことがありますが、この会議の結果なのかもしれませんね。
その為、出雲大社は縁結びの総本山でもあります。
また、来年の天候、農作物や酒の出来なども話し合われているそうです。

出雲大社の祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)。
天を象徴する天照大神(あまてらすおおみかみ)に対し、大地を象徴する神様です。
大国主大神にはたくさんの子どもたちがおり、その子どもたちを全国各地において国を管理させました。
そして、子どもたちが年に一度出雲大社に戻り、その年の報告や来年の相談をしたのです。
やがて、他の神様も一緒に出雲に集まるようになったといわれています。
一度も訪れたことのない出雲大社、ぜひ近いうち「縁結び?」に行ってみたい所です。

ノーベル医学生理学賞に、京大・本庶佑特別教授。  法華坊主 joe

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