2021年 09月5日 - 日常
「秋ナスは嫁に食わすな」という諺があります。
鎌倉時代の和歌集である『夫木和歌抄』に、「秋茄子はささの糟に漬け混ぜて 嫁には呉れじ棚に置くとも」という歌があります。
この歌の「ささの糟」は酒粕のことです。
すなわち「酒粕に漬けて美味しくなるまで待つのはよいけれど、嫁に食べられないように気をつけなさいよ」という歌であると言われています。
このことから、嫁姑の関係が悪く、姑が嫁に意地悪で食べさせない、すなわち「美味しいナスを嫁に食べさせるのはもったいない」と考える説。
いじわるなお姑さんですよね(笑)。
でも本当は、この歌の「よめ」は「嫁」ではなく「夜目」、すなわち「ネズミ」のことを指す、という解釈もあります。
ネズミは病原菌を運ぶことからも、厨房にネズミが入るのは好ましくありません。
「酒粕に漬けて美味しくなるまで待つのはよいけれど、ネズミに食べられないように気をつけなさいよ」が本当の意味だという説です。
また別の解釈では、嫁を気遣う優しさであるという真逆の説もあります。
養生訓にも「茄子は性寒利、多食すれば必ず腹痛下痢す。女人はよく子宮を傷ふ」とあるように、夏野菜であるナスは体の熱を取ると言われているため、涼しくなった秋に体を冷やすナスを食べると、ますます体が冷えてしまう、と考えます。
特に「子宮を傷ふ」は、妊娠を望む夫婦にとっては重要な問題です。
お嫁さんの体を心配して食べさせてはいけない、という意味であると考える説。
こう考えると、お嫁さんの体を心配して「美味しいけれど、食べない方がいいよ」と優しい姑が諭した、と考えるのが正しいのかもしれません。
パラリンピック終了、日本のメダルは計51個。 法華坊主 joe
投稿記事を読む -
2021年 09月4日 - 日常
秋雨前線という気象用語からも、この時期の雨は梅雨時と同様に続くことがありますね。
ただ6月の雨はこれから来る夏への期待が持てるのですが、9月の雨は深まる秋への入り口。
太田裕美の「九月の雨」には叶いませんが、つちやかおりの「September Rainに消されて」も忘れてはなりません。
つちやかおりは「3年B組金八先生」でドラマでデビューし、その後に歌手として、テレビドラマ、レポーター、グラビアなどで活躍しました。
元夫は、シブがき隊のふっくん(布川敏和)です。
♬ September Rain 見えなくなる 街中が九月の雨にぬれて 私だけ昨日に置き去りのまま ♪
「September Rainに消されて」は切々と歌う失恋の歌で、つちやかおりの6枚目シングルとして1983年9月にリリースされました。
この年の各賞レースへ向けた勝負曲としてテレビの露出の高い曲として、記憶に残ってらっしゃる方も多いかも知れません。
とりわけ、つちやかおりはその独特の雰囲気や高い歌唱力と俳優仕立ての表現力で「哀愁の女王」といわれ、デビュー作の「恋と涙の17才」、2枚目の「哀愁のオリエント急行」とマイナー調の楽曲を文字通り哀愁を込めて情感豊かに歌われており、この「September Rainに消されて」はその哀愁の女王たる存在感がこの上なく発揮された名盤と高い評価をされている1曲です。
ガラス窓に伝わる雨粒を見ていると、ちょっと感傷的な気分になりますね。
首都圏など、緊急事態宣言2週間程度延長か。 法華坊主 joe
投稿記事を読む -
2021年 09月3日 - 日常
映画「パンケーキを毒見する」をご存じですか?
第99代内閣総理大臣・菅義偉(すが よしひで)の素顔に迫った政治ドキュメンタリーで、ブラックユーモアを交えながらシニカルな視点で日本政治の現在を捉えた作品です。
秋田県のイチゴ農家出身で、上京してダンボール工場で働いたのちに国会議員の秘書となり、横浜市議会議員を経て衆議院議員となった菅首相。
世襲議員ではない叩き上げの首相として誕生した菅政権は、携帯料金の値下げ要請など一般受けする政策を行う一方で、学術会議の任命拒否や中小企業改革を断行しました。
映画では、石破茂氏、江田憲司氏、村上誠一郎氏らの政治家や元官僚、ジャーナリストや各界の専門家に話を聞き、菅義偉という人物について、そして菅政権が何を目指し、日本がどこへ向かうのかを語っています。
また菅首相のこれまでの国会答弁を徹底的に検証し、ポーカーフェイスの裏に隠された本心を探ります。
さらに映画の中で紹介された「現在の日本」は、
・国民の幸福度はG7最下位
・経済成長率はG7最下位
・若者の将来への希望はG7最下位
・自殺率もG7最下位
・貧困率は米国につぎワースト2位
・PCR検査件数も人口当たりG7最下位 です。
「コロナウイルス感染爆発を〈重大な災害状況〉とするならば、国民は国民のための災害対策をしてくれる政府を望むべき!」との思いをもって昨日観てきました。
そうしたら今日の午前中には、菅首相の総裁選不出馬が報じられ、「新型コロナ対策に専任したい」というコメントは敗者のウソくさい表向きの弁明に聞こえてなりません。
昨日で上映終了の予定が9/9まで延長され、昨日までは一日1回のみ上映が今日からは一日2回上映に変更になっていますので、フォーラム福島で1人でも多くの方に観ていただきたいです。
上映中、スクリーンからは「よしひでくん、よしひでくん・・・」と叫ぶ声が聞こえてきて、「一緒にしないでくれ!」と逆ギレしてしまいました(笑)。
これから秋の総選挙を控え、私たちが一票を投じるに当たり、ぜひ観て欲しい映画です。
尾身会長、インスタ開設でフォロワー20万人超。 法華坊主 joe
投稿記事を読む -
2021年 09月1日 - 日常
きょうから9月、「長月(ながつき)」です。
長月というのは明治時代に現在の暦、新暦が採用される以前に用いられていた旧暦で9月をあらわす名前です。
新暦になってからも、風習で旧暦の名称が使われることもあるため、現在でも9月を意味する別名として用いられています。
長月の頃になると日が短くなり、次第に夜の時間が長くなってきます。
この夜が長くなっていく様子から「夜長月(よながづき)」とされましたが、省略されて長月になったという説があります。
長月は稲が熟成しきる時期です。
そのことから「稲熟月(いねあがりつき)」や「穂長月(ほながづき)」といった名前が付きました。
これらの名前が転じたり省略されたことで長月になったともいわれています。
稲穂が熟成したらもちろん収穫されます。
稲刈りの時期でもあることから「稲刈月(いねかりづき)」となりましたが、「ねかづき」に変化し、最終的に「ながつき」なったという考えもあります。
未だ収まらないコロナ禍、気をつけて素敵なひと月にしましょう。
コロナ、国内感染者150万人超え。 法華坊主 joe
投稿記事を読む -
2021年 08月31日 - 日常
夏から秋に移る頃の暑気と冷気が行き合う空のことを「行合の空(ゆきあいのそら)」と呼びます。
入道雲が湧き上がっている空にうろこ雲や巻雲が見える時があります。
ゆく季節と訪れる季節が一つになった、風情を感じる空ですね。
まだまだしんどい暑さが続くものの、なんとなく空を眺めていると、見慣れたもくもくした雲だけでなく、うろこのような雲や、ハケでサッと描いたようなすじ状の雲も見え始めています。
ちょうど、積雲や積乱雲のように夏らしい雲と、うろこ雲やすじ雲のような秋らしい雲が、同時に空に見えるような状態を、古くからの日本語で「行き合いの空」と呼ぶあたりは、日本人の表現力の豊かさでしょうか。
夏が去る前に名残惜しそうにもたもたしているところへ秋が追い付いてきたような、そんな微笑ましい場面にも思えます。
9月は各地で行き合いの空が目撃される季節です。
そして、東北では地上でも「行き合っている」ものがあります。
関東に住んでいる人の多くは、サルスベリは「夏の花」という印象があると思います。
実際に関東~九州のほとんどの地域では、サルスベリは夏に咲きます。
一方、東北では初秋の花。
7月の終わりごろから咲き始めて、10月頃まで楽しめるところもあります。
そして、この時期になると、早くも北からススキ前線が南下してきます。
北海道で8月のはじめごろから現れるススキは、8月の終わりから9月にかけて、東北でサルスベリが咲くころにタイミングを図ったかのように現れます。
北上していくサルスベリと南下してくるススキがちょうど東北ですれ違うのです。
サルスベリとススキが同時に見られるのは、みちのくならではの光景です。
二階幹事長、9月上旬交代へ。 法華坊主 joe
投稿記事を読む -
2021年 08月30日 - 日常
今朝の『福島民報』あぶくま抄に、次のような記事が載っていました。
題は「災いナシ」です。
梨の収穫が盛んな時期となった。
頬張ると、みずみずしく芳醇(ほうじゅん)な果汁が口の中いっぱいに広がる。
歌人の若山牧水は〈こほろぎのしとどに鳴ける真夜中に喰ふ梨の実のつゆは垂りつつ〉と表現した。
日本における栽培の歴史は古く、七世紀末の持統天皇の時代には奨励されていた。
江戸時代には国内各地で生産され、多くの品種が生み出されたと伝えられる。
現在、本県は全国でも上位の栽培面積と生産量を誇る。
今は「幸水」が出荷の最盛期を迎えている。
これから「豊水」や「二十世紀」「あきづき」「南水」などが続く。
秋の味覚として、県内外の食卓に上る。
語音は「無し」に通じる。
財産や幸運がなくなるとして敷地に植えるのを忌んだり、縁起を担いで「有りの実」と言い換えたりする。
その一方、家の建材に使えば、「何もなし」で盗難に遭わないとも言われてきた。
良くも悪くも考え方次第なら、御利益がある方向で考えたい。
今年は春先の遅霜によって大きな被害が出た。
生産者は困難を乗り越え、何とか出荷にこぎ着けた。
感謝の念とともに、新たな災害や人々を苦しませている感染症が「無し」となるよう願いながら、旬の恵みをいただく。
とても気に入った文章でしたので、転載させていただきました。
下村氏、総裁選への立候補を断念。 法華坊主 joe
投稿記事を読む -
2021年 08月28日 - 日常
8月も残り3日、ひと月の過ぎていくのが早いのにビックリいたします。
月日が過ぎることの早さをたとえるときによく使われることわざに「光陰矢の如し(こういんやのごとし )」があります。
意味は「月日が過ぎるのは矢のように早いこと」で、たとえとして使われます。
「光陰」とは月日や歳月または時間という意味です。
「光陰」に続く「矢の如し」とは、「矢のように」という意味です。
月日の過ぎるのは放たれた矢のように早く、また二度と戻ってこないものだ、と取り戻せない時間を大切にしたいという教訓として使われます。
「光陰矢の如し」は漢文で「光陰如箭」と書きます。
「箭(や)」とは「矢」と同じ意味です。
唐の時代の書物に「光陰如箭」が使われている例が多くあるようですが、日本のことわざの出典がどれであるのかは明らかになっていません。
「光陰矢の如し」の出典は不明ですが、日本の古い文献などにみられる例としては、鎌倉時代の「曽我物語」や江戸時代の「浮世草子」、仏教の経典などに「光陰矢の如し」の記述があるようです。
また、平安時代の古今和歌集に収められた歌には「弓」を射るように時間が早く過ぎるとの思いを詠ったものがあります。
近代では、福沢諭吉が書いた『旧藩情』の中に、「光陰矢の如く」の表現で時が早く過ぎることをたとえた一文があります。
いつの時代にも過ぎ去る日々を惜しむ気持ちは変わらないのです。
甲子園、決勝は「智弁」対決に。 法華坊主 joe
投稿記事を読む -
2021年 08月27日 - 日常
去ってゆく夏にどこか切なさを感じませんか?
毎年夏が終わるたびに、限りある人生のなかの大事な時間がまたひとつ通り過ぎてゆくような気分になるのはワタシだけでしょうか?
作詞活動50周年を迎えた作詞家・松本隆の話を、親しい友人と先日しました。
松本隆の作品には、夏の終わりを表現する素晴らしい作品がたくさんあります。
その中から1曲。
1976年7月にリリースされた岩崎宏美の3枚目のオリジナルアルバム『飛行船』からの曲で、「美しい夏」(作詞:松本隆 作曲:萩田光雄)。
「美しい夏」というタイトルの曲は、桜田淳子のシングル曲のほうが印象が強いかもしれませんが、岩崎宏美の「美しい夏」こそみなさんにぜひ知っていただきたい曲です。
このアルバムで初めて松本隆が作詞に起用され、この曲と「ワンウェイ・ラブ」を書いています。
去り行く夏、ひと夏の恋の終わりをまるで紙芝居の絵のように描き出す松本隆の詞が素晴らしく、特に好きなのが「♪あゝ君に聞いた電話番号も/破いてしまえば風が運んだわ」の一節。
夏という季節は、人生でいうところの青春時代。
そんな、人生のなかで一番熱く心を燃やし動かした瞬間を、夏という季節が呼び戻してくれるのかもしれませんね。
しかし、ワタシにはこの歌に描かれるような甘酸っぱい恋の想い出あるわけでもなく、松本隆の描く夏は、まるでそういった体験をしてきたかのような錯覚になるから不思議です。
それこそ「美しい夏」というのは、誰しもの心の中にあるものなのかもしれません。
♪今は秋です。
コロナ、自宅療養が11万人超に。 法華坊主 joe
投稿記事を読む -
2021年 08月26日 - 日常
今月29日で終了する「MINIATURE LIFE展 2021~田中達也・見立ての世界~」(とうほう・みんなの文化センター)を観てきました。
2017年NHK連続テレビ小説「ひよっこ」のタイトルバックも担当したミニチュア写真家・見立て作家-田中達也さんの作品展です。
田中さんは海外ファンも多く、インスタグラムのフォロワー数は、なんと270万人を超える人気です。
そして、2011年から一日も休むことなくインターネット上で作品を発表し続けてきた田中さんの活動は、2021年春、10周年を迎えました。
ジオラマ用の人形と日用品をモチーフに見立て、ユニークで小さな不思議世界を作り出します。
クロワッサンの雲が青空に浮かび、コッペパンの新幹線やお寿司のSLが出発、動物たちはブロッコリーのサバンナを行く・・・。
独自の発想力が生み出すその作品は、思わず「くすっ」と笑ってしまうような楽しいものばかりでした。
代表作から新作まで選りすぐりの写真作品約110点が勢揃いし、実物のミニチュア作品約40点も観ることが出来ます。
福島会場限定作品「桃源郷」「おこサマーランチ」も登場しており、ご当地にマッチした心配りは素晴らしい企画でした。
視点を変えることで、いつもの日常が遊び心たっぷりの世界に生まれ変わる〈田中達也・見立ての世界〉を体感出来ますので、残り数日ですが訪ねてみては如何ですか。
ファイザーワクチン、3カ月後の抗体1/4に。 法華坊主 joe
投稿記事を読む -
2021年 08月25日 - 日常
週末には、厳しい残暑が復活しそうです。
今夏もハンディ扇風機を持って、夏場の暑い通勤通学やお出かけに重宝した方もたくさんいるのでは。
近頃は静かで長時間駆動する高性能モデルや薄型コンパクトで携帯性の良い扇風機、羽根なしの軽量タイプ、さらにはお洒落でデザイン性の高い物やかわいい扇風機まで、多くのハンディ扇風機が登場しています。
しかし、「浴衣(ゆかた)に団扇(うちわ)で涼(りょう)をとる」、これこそ日本らしい夏の風情です。
節電、エコの時代、団扇のやさしい風も見直されています。
団扇の語源には諸説ありますが、うちわは羽を使ってハエや蚊などの害を打ち払うことを指す「打ち」という言葉と、その道具である「羽」を組み合わせて「打ち羽(うちわ)」となったことが語源とされています。
害を打ち払うという行為にはハエや蚊などの虫だけではなく、病魔などの害を撃ち払う魔除けの意味合いも含まれていたそうです。
なぜ漢字で「団扇」と書くのかというと、語源のままの漢字であれば「打羽」となるはずですが、実際には「団扇」という漢字が用いられています。
この団扇という漢字は、実はもともとは中国で使用されていた中国語です。。
中国語で丸いという意味である「団」という漢字と、観音開きの開閉の際に風が生じる様子を表した「扇」という漢字2文字で、中国では「団扇」と呼ばれていました。
「打羽」という漢字が当初の日本では使われていましたが、次第に中国語の団扇を日本でも使用するようになり、現在でも団扇の漢字が使用されています。
これが団扇という漢字の由来です。
団扇といえば、何の心配や不安もなく豊かで気楽な生活を送る様子を指す「左団扇」という言葉がありますが、この左団扇にも語源があります。
利き手が右手であることを前提とし、利き手でない左手を使ってゆったりうちわを扇ぐ様子は、仕事などに追われずゆったりした時間や生活を送っているように見えます。
その様子が「左団扇」という言葉の語源ですが、間違った使い方していませんか?
尾身会長「銀座も1回行ったでしょ」、バッハ再来日を批判。 法華坊主 joe
投稿記事を読む -