女性の心情?

2015年 11月28日 - 日常

明日29日は、三の酉です。
11月の酉(干支)の日を順に一の酉、二の酉、三の酉と呼んでいますが、酉の日は12日ごとにまわってきますから、11月の1日から6日の間に一の酉のある年には、必ず三の酉もあることになります。
この三の酉があるときは火事が多いと言われていますが、どうして火事が多くなると言われるのか、その確証は残念ながらないようです。
私見ですが、これにはひたむきな女性の心情が関係していると思われます。
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一説ですが、酉の市のはじまりは平安時代にまでさかのぼります。
新羅三郎義光が奥州討伐のとき、武州葛西花又村(現東京都足立区花畑町)にある正覚寺に祀られる大鷲明神の本尊(1寸8分の大鳥に乗る妙見菩薩)を、お守りとして借り受け、戦勝帰還しました。
その後、本尊をねんごろに返納して、新たに別堂を建て大鷲明神として祀りました。
これが武門の守りとして武士の参詣するところとなり、やがては開運の神として信仰されるようになりました。
同じ本尊を持つ浅草の長国寺や千住の勝専寺も共ににぎわって、酉の日には市がたつようになりました。
明治元(1868)年には神仏判然令が布告され、それぞれの寺で大鷲明神は分離することになりましたが、浅草・長国寺から独立した鷲神社は、吉原遊廓のすぐそばであったことから大いににぎわい、11月の酉の大祭には吉原の縁起にちなんだオカメの熊手が売られるようになり、吉原の大門も四方を開けて手軽に入れるようになりました。
このころから、「火事が多い」説が出たのではないかと思われます。
というのは、お酉さまの参詣の帰りに、男性が吉原(遊郭)に寄ることが多く、留守をあずかる女性としては、何とかして亭主などを家に引きもどさなければなりません。
まして、3回もお酉さまがあったのではたまったものではありませんから、三の酉のあるときは「火事が多い」とか「吉原遊廓に異変が起こる」という俗信を作って、男性の足を引き止めようとしたのだろうと考えられます。
このことは、
「お多福に熊手の客がひっかかり」
「そのあした熊手のオカメしがみつき」
という川柳によってもうかがわれます。
実際に、三の酉のときに火事が増えたという記録もありません。
いずれにいたしましても、寒くなりましたから火の用心には気をつけたいものですね。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

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