日常

彼岸花=曼珠沙華

2014年 09月22日 - 日常

IMG_20140916_102158真っ赤な彼岸花(ひがんばな)=曼珠沙華(まんじゅしゃげ/かんじゅしゃか)が咲き乱れる時期になりました。
「子供の頃、彼岸花を見ると足がすくむほど怖かった」「何だか不気味」という人もいれば、「あの妖艶さが好き」「この花を見ると癒される」という人もいます。
「曼珠沙華」は、サンスクリット語で天界に咲く花という意味があります。
おめでたい事が起こる兆しに赤い花が天から降ってくる、という仏教の経典から来ています。
サンスクリット語ではmanjusakaと書きます。

曼珠沙華というと、阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲により、あの山口百恵が歌った「曼珠沙華」を思い出します。

涙にならない悲しみのある事を知ったのは つい この頃
形にならない幸福が何故かしら重いのも そう この頃
あなたへの手紙
最後の一行 思いつかない
どこでけじめをつけましょ
窓辺の花が咲いた時 はかなく花が散った時
いいえ あなたに愛された時
マンジュ-シャカ 恋する女は
マンジュ-シャカ 罪作り
白い花さえ 真紅に染める♫

山口百恵の隠れた代表曲のひとつです。

明日は、秋彼岸のお中日です。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

彼岸の入り

2014年 09月20日 - 日常

今日は(秋の)彼岸の入りです。
IMG_20140918_155508
秋分の日(今年は23日)を中日として、その前後3日、合計7日間を「彼岸(ひがん)」といい、最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸の明け」と呼びます。
春分の日も同じです。春の彼岸と区別して、秋の彼岸を「のちの彼岸」と呼ぶこともあります。
お彼岸に先祖の供養(くよう)をするのはなぜでしょう?
それは、この時期の太陽が真東から昇って真西に沈むことに由来します。
仏教では先祖のいる極楽は西にあると考えられているため、真西に陽が沈む日が極楽に最も通じやすい日となります。
そこで、お彼岸にお墓まいりをしたりお経をあげたりして、先祖の霊を供養するようになりました。
もともと仏教用語でさまざまな悩みをのりこえた悟りの境地に達したあの世を「彼岸」、欲や悩みに満ちたこの世を「此岸(しがん)」といい、此岸にいる人間が彼岸に近づく方法のひとつがお墓まいりなのです。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

秋桜=コスモス

2014年 09月18日 - 日常

秋桜(アキザクラ)は、メキシコ原産のキク科コスモス属の花「コスモス」(Cosmos)の和名です。
日本には明治時代に渡来しました。
「秋桜」は主に、秋に咲き花弁の形が桜に似ているところから名づけられたそうです。
IMG_20140918_155251

「秋桜」と書いて「コスモス」と読ませるようになったのは、法華坊主が20歳の時の1977(昭和52)年、山口百恵の「秋桜(コスモス)」(作詞・作曲:さだまさし)がヒットしてからのことでしょう。

その山口百恵の「秋桜(コスモス)」(作詞・作曲:さだまさし)の歌詞です。

淡紅(うすべに)の秋桜(コスモス)が 秋の日の
何気ない 陽溜(ひだま)りに揺れている
この頃 涙脆(なみだもろ)くなった母が
庭先でひとつ 咳(せき)をする
縁側でアルバムを開いては
私の幼い日の思い出を
何度も同じ話 くりかえす
独り言みたいに 小さな声で
こんな小春日和の 穏やかな日は
あなたの優しさが 浸みて来る
明日(あした)嫁ぐ私に
苦労はしてもあれこれと思い出をたどったら
いつの日も ひとりではなかったと
今更ながら我儘(わがまま)な私に
唇かんでいます

明日への荷造りに 手を借りて
しばらくは楽し気にいたけれど
突然涙こぼし 元気でと
何度も何度もくりかえす母
ありがとうの言葉を
かみしめながら
生きてみます 私なりに
こんな小春日和の 穏やかな日は
もう少しあなたの
子供でいさせてください
笑い話に時が変えるよ
心配いらないと笑った  ♫

まあ、伝説の人=山口百恵のイメージにぴったしと似合う歌ですが、さだまさしのオリジナル曲も違った味わいがありますよ。
毎年この時季にこの歌を聴くと、秋を体感できる気がいたします。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

秋の装い

2014年 09月17日 - 日常

この物体は何だかお分かりですか?
IMG_20140917_160518

そうです。「アケビ」です。
アケビは東アジア原産で、日本でも全国の山間部などにミツバアケビ、アケビ、ゴヨウアケビの3種類が自生しています。
果実は6~10cmほどの長い卵のような形をしています。
厚い果皮と、中に種と共に白いゼリー状の果肉が入っていて、熟すと紫色になった果皮がぱっくりと割れて中の種が顔を出し、この時が食べごろとなります。
IMG_20140917_160612
古くから日本では食用にされていて、果皮も果肉もどちらも食べられます。
秋の味覚の一つですね。

境内周辺も秋の装いに変わりました。
IMG_20140917_085353

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

いつまでもお元気で

2014年 09月15日 - 日常

今日9月第3月曜日は、敬老の日です。
社会のために長年働いてきたお年寄りを敬い、長寿を祝う日。
昭和26年に制定された「としよりの日」が「老人の日」と改まり、昭和41年から「敬老の日」として国民の祝日になりました。
もともとは聖徳太子が老人や病人のための「悲田院(ひでんいん)」を建てた日という9月15日でしたが、平成15年のハッピーマンデー法により9月の第3月曜日となり、9月15日は「老人の日」、9月15日から21日までの1週間は「老人週間」になりました。

敬老にちなんだ行事が各地で行われますが、おうちでも祖父母をねぎらってお祝いをしたいですね。
IMG_20140915_153303
我が家のおじいちゃんです。
敬老の日は、さまざまなことに関心や理解を深める良い機会でもあります。
ちなみに我が家では、ちょうど孫2人も帰省していましたので、家族5人で本当に久しぶりに外食をいたしました。

今でこそ日本は長寿国で、平成25年の平均寿命が男性は80.21歳で世界8位、女性は86.61歳で世界1位になっています。
昭和30年には男性63.60歳、女性67.75歳でしたから、この延びは世界でも群を抜いています。
とくに医学や食生活の進歩は目覚しいものがあるからでありましょう。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

秋本番

2014年 09月14日 - 日常

全国で1万5000人以上が犠牲となった東日本大震災の発生から、今月11日で3年半が過ぎました。
被災規模の大きい岩手、宮城、福島3県では計2597人が行方不明のままとなっています。
避難先などで亡くなる「関連死」が3県で3000人を超えるなど、震災被害は今も拡大し続けています。

立正院ではこの日、法華宗東北教区「僧侶・寺族研修会」が執り行われました。
管内から16名の精鋭が集合し、興隆学林の株橋学監を招聘して「法則」についての勉強会です。
先生の多岐にわたる布教を実践した講義は、力溢れ、信仰を基盤に、心にグサッと響くありがたい研修会でした。
1夜両日に亘る研修会終了後、宮城県太平洋沿岸に移動し、名取市閖上日和山、14名の生徒が犠牲になった閖上中学校、白砂青松の荒浜海岸において読経唱題してまいりました。

さて、季節は確実に秋本番へ向かっています。
IMG_20140908_171646
普段私たちが使っている「秋」という漢字は、『禾偏(のぎへん)』に『火』と書いています。
この秋という字の語源を調べて見ると「空」「収穫」「草木」の3つの「あき」説があります。
まず、「あき」は湿気をたくさん含んだ夏空から、秋になると高い雲や遠くまで見渡せる空になります。
そこで、明るく澄んだ空、あきらか(清明)であるという説です。
次に、禾つまりイネをたくさん穫り入れる、飽き満ちるという説です。
火という字はもともとの発音では「キ」で、それがやがて転じて「シュウ(シウ)」になり、穫り入れるという意味の「収」からきているそうです。
また、この季節になると草木が赤や黄色に色づくようになりますが、そのアカ(紅)クなるという意味が語源だともいわれています。
周辺の田んぼでも、この3連休を利用して「稲刈り」が始まりました。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

被災者はいま・・・

2014年 09月10日 - 日常

昨日(9日)は、被災者が自殺した市内にある集合住宅の一室にお祓いに行ってきました。
何となく重苦しい気持ちです。

明日11日で、東日本大震災発生より3年6カ月を迎えます。
IMG_20131211_104559

警察庁によると、東日本大震災の犠牲者(死者)は15889人、行方不明者は2609人(いずれも8月8日現在)。
復興庁の統計では、震災による避難者数は、いまだ約24万6千人にのぼります(8月14日現在)。
避難生活の長期化で、被災者の健康悪化が深刻です。
福島・宮城・岩手の被災三県に暮らす避難者数は、約19万人。
自宅再建や災害公営住宅への入居などで、避難生活から抜け出す人も増えてきました。
県外への避難者数は三県で約5万6千人。
うち福島県では、東京電力福島第一原発事故の影響で帰還がほとんど進まず、いまだ約4万7千人が故郷に戻れないままです。
避難先は47都道府県の1152市町村に及ぶそうです。
震災から3年半が経ち、避難先で新たな仕事や学校を見つけ、定住する動きも出てきました。
先の見えない復興ですが、慌てず、無理せず、諦めずにガンバリ続けたいものです。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

五節句のひとつ「重陽」

2014年 09月9日 - 日常

IMG_20140909_211546
十六夜(いざよい)のお月さまが、雲間から輝いて見えます。
さて皆さんは「五節句(ごせっく)」をご存知ですか。
五節句には、3月3日、5月5日のように奇数の重なる日が選ばれていますが、1月だけは1日(元旦)を別格とし、7日の人日(じんじつ)を五節句の中に取り入れているそうです。
また「五節句」の制度は明治6年に廃止されましたが、今では年中行事の一環として定着しています。

1月7日 人日(じんじつ)の節句
3月3日 上巳(じょうし)の節句
5月5日 端午(たんご)の節句
7月7日 七夕(しちせき)の節句
9月9日 重陽(ちょうよう)の節句です。

今日はその「重陽の節句」です。
起源は、古来中国にさかのぼります。
中国では、奇数は縁起の良い「陽」の数とされ、一番大きな陽の数である9が重なる9月9日を、「重陽」としておめでたい日としてきました。

別名「菊の節句」とも呼ばれています。
IMG_20140909_211715
平安時代には、貴族たちが詩を詠んだり菊花酒を飲んだりしてけがれを祓い長寿を願いました。
菊は、齢草(よわいぐさ)、千代見草などとも呼ばれ不老長寿の霊薬と信じられていました。
菊の気品ある香りが邪気を祓い寿命を延ばすと思われたのでしょうか?
また、菊の被綿(きせわた)という風習が枕草子や紫式部日記の中にも出てきます。
重陽の節句の前夜に、つぼみの菊の花に綿を被せて菊の香りと夜露をしみこませます。
このしっとりした綿で肌を拭うと、老を棄てることができるとされ、女官の間に広がっていたそうです。
現代では、化粧水をしみこませたコットンでお肌をパッティングするといった感じでしょうか。

夏の太陽で傷んだ肌を手入れする、そんな時季なのかもしれませんね。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

中秋の名月

2014年 09月8日 - 日常

IMG_20140908_175917午後6時
IMG_20140908_192633午後7時半
「中秋の名月(十五夜)」の8日、雲間に円い月が浮かび上がりました。
今宵の月は、秋の収穫に感謝するお祭りでもあり、この時期収穫される里芋などの芋類をお供えするので「芋名月」ともいいます。
十五夜だけではなく、十三夜、十日夜(とおかんや)というお月見行事があります。
昔からこの3日間が晴れてお月見ができると縁起が良いといわれ、秋の行事として親しまれてきました。
十三夜、十日夜(とおかんや)については、またその夜が訪れたらお話ししましょう。

皆さんは子供のころに「月にうさぎがいてお餅をついている」という話を聞いたことがありませんか。
それは月うさぎの伝説があるからです。
IMG_20140908_163122
『昔あるところにうさぎと狐と猿が暮らしていました。
ある日、3匹は疲れ果てた老人に出会います。
老人はおなかがすいて動けない、何か食べ物をめぐんでくれと言い、3匹は老人のために食べ物を集めに出かけました。
やがて、猿は木に登っていろいろな果実を採ってきて老人に食べさせました。
狐はお墓に行ってたくさんのお供えものを盗ってきて老人に与えました。
しかしうさぎは一生懸命頑張っても、何も持ってくることができません。
そこで悩んだうさぎは覚悟を決め、もう一度探しに行くので火を焚いて待っていて欲しいと伝えて出かけていきました。
猿と狐は火を焚いて待っていましたが、手ぶらで帰ってきたうさぎを見て、嘘つきだとなじります。
するとうさぎは「私には食べ物をとる力がありません。
ですから、どうぞ私を食べてください」といって火の中にとびこみ、自分の身を老人に捧げたのです。
実は、その老人は帝釈天(タイシャクテン)という神様で、3匹の行いを試そうとしたのです。
もとの姿に戻った帝釈天は、そんなうさぎを哀れみ、月の中にうさぎを甦らせて、皆の手本にしたそうです。』

これは仏教説話からきているお話です。
さらにこのお話には続きがあって、「うさぎを憐れんだ老人が、その焼けた皮を剥いで月に映し、皮を剥がれたうさぎは生き返る」という説もあります。
だから、月の黒い部分がうさぎなのでしょう。
また、うさぎが餅をついているのは「老人のために餅つきをしている」とか「うさぎが食べ物に困らないように」という説がありますが、中秋の名月が豊穣祝いであることを考えると、たくさんのお米がとれたことに感謝する意が込められているようです。

夢やロマンがありますね。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

お月見 前夜

2014年 09月7日 - 日常

IMG_20140908_163006
明日(8日)は、「十五夜」「お月見」「中秋の名月」です。
本来、十五夜は満月のことなので年に12回または13回めぐってきます。
とくに旧暦の8月は1年の中で最も空が澄みわたり月が明るく美しいとされていたため、平安時代から観月の宴が開催され、江戸時代から収穫祭として広く親しまれるようになり、「十五夜」といえば旧暦の8月15日をさすようになりました。
「十五夜」だけではなく、「十三夜」、「十日夜(とおかんや)」というお月見行事があります。
昔からこの3日間が晴れてお月見ができると縁起が良いといわれ、秋の行事として親しまれてきました。
「十五夜」は旧暦の8月15日のお月見のこと。
旧暦を新暦に置き換えて9月15日に十五夜の行事をする場合もありますが、正確には毎年9月中旬~10月上旬の間に旧暦の8月15日がやってきます。

「月見台(つきみだい)」とはお月見をする場所のこと。
縁側、ベランダ、窓辺など、月を眺められる場所があれば、そこが我が家の月見台です。
そこに、ススキやお供えものを飾り、みんなでお月見をしましょう。
明日の晩は秋の好天に恵まれ、大きなお月さまを拝することができますように・・・。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント