日常

のだ塩物語り  「山を鋳、海を煮る」

2013年 12月26日 - 日常

今日、昼のワイドショーを観ていたら「のだ塩」について放映がありました。

先日、岩手県宮古市を訪れたときに、ご縁をいただき足を延ばして野田村に行ってきました。
あまちゃんの三鉄に乗り、三陸海岸の豊かな自然に恵まれたところに野田村はあります。
その折に駅舎に隣接する売店で求めたのが、海水直煮製塩の「のだ塩」です。

001

野田村の製塩は、海水を汲み直接煮る「直煮法(じきにほう)」で行われ、たいへんな重労働により苦労して作られた大切な商品でした。
製塩の歴史で画期的なのは、野田界隈は江戸時代から日本有数の砂鉄の産地で、塩を煮る鉄釜を容易に入手できたという背景があります。
野田村の海岸で焚かれた「のだ塩」は、牛の背で遠く盛岡や秋田県鹿角地方など海のない内陸まで運ばれ、米・粟・そば・豆などの穀物と交換されていました。
北上山地を越え、仙岩峠を越え、牛が通るだけの狭く険しい山道は、後に「のだ塩・べコの道」と呼ばれました。
海と山を結ぶ血潮の路は、また野田村の活きる道でもあり、人の道でもあったのです。
先人たちの夢が、現代人の夢が、この「のだ塩」を手塩にかけ育んでいます。
数十時間かけて煮詰めたミネラルたっぷりの「のだ塩」一粒一粒に、まろやかさとまごころが詰め込まれています。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

サンタさんって、誰ですか?

2013年 12月25日 - 日常

Xmasにちなみ、サンタクロースにまつわる秘密を紹介しましょう。

017

モデルは、4世紀ころ現在のトルコにいた司教ニコラウスがサンタクロースの原型となった人として知られています。
裕福な家に生まれたニコラウスは、貧しい人たちに金品を分け与えて、たくさんの人々を救ったといわれ、子どもの守護聖人ともされています。
オランダでは、14世紀からニコラウスの誕生日をお祝いする習慣がありました。
聖(セント)ニコラウスをオランダ語にすると「シンタクラース」。
アメリカに移民するオランダ人が伝えた名前が、「サンタクロース」に変化し、広まったと言われています。
001

サンタクロースがトナカイの牽くそりに乗ってやってくるというファンタジーは、アメリカの神学者の書いた詩から広まったものだそうです。

昨日のBLOGを見た友人から誘いの電話がありましたが、今夜中に消化しなければいけない事案があって、今夜も法華坊主はひとりXmasを憂いて、グビグビ否ガブガブ飲みながらパソコンに向かっています。
003

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

キリスト教徒でもないのに、何故かクリスマス

2013年 12月24日 - 日常

003
信仰心のない日本人による、宗教観が伴わないクリスマス(イブ)が、今年もやってきました。

12月25日はキリストの誕生を祝うクリスマス。
イブは晩、夜という意味で、クリスマス・イブはクリスマスの前夜、またそのお祝いのことをいいます。
本来はキリスト教のお祭りですが、日本では、パーテイーやプレゼント交換などをする年末のイベントとして楽しまれて?います。

私は独りで、日本製の白ワイン(?)を燗して、七面鳥ならぬ焼き鳥で夜長を過ごします。
でも、ひとつくらいXmasの蘊蓄を述べましょう。

021
クリスマスのリースに使われる柊(ひいらぎ)は、キリストが十字架にかけられたときにかぶっていた冠、赤い実はキリストの血、丸い形は永遠の愛を表すといわれています。
また、柊などの常緑樹には魔除け、木の実などの飾りには豊作を願う意味もあるのだそうです。

神棚をまつり、仏壇に手を合わせる日本人よ、クリスマスなんかに浮かれていてはいけませぬ。
コレこそ、一人でイブを過ごす法華坊主の強がり嘆き節(´・ω・`)。

ありがとうございました  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

一陽来復=冬至も過ぎて・・・

2013年 12月23日 - 日常

寺の近くの水原川に、今年も白鳥が飛来しています。
福島が放射能汚染におかされていることを知ってか知らずか・・・。

003

昨日は24節気のひとつ、「冬至」でした。
北半球で、正午の太陽高度が1年で最も低くなるのが「冬至」。
いちばん夜が長く、昼が短い日です。

冬至の日は、「一陽来復(いちようらいふく)」とも呼ばれます。
一陽来復とは、悪いことが続いた後、やっと幸運がめぐってること、また、冬が終わり、春が来ることです。
その日を境にして、だんだんと太陽の力がもどり、昼の時間がながくなる冬至は、これから運気が上がってくる日と考えられていたのです。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

美味しい創作料理に満腹 まんぷく!

2013年 12月21日 - 日常

今年も残すところ10日。
ますます慌ただしくなって参りました。
そんな今夜、本当にごくごく身内の忘年の宴に参加してきました。

今夜のメニューは、創作料理のパラダイス。
☆食前ドリンク酢
☆フォワグラのテリーヌ 木の子ゼリー寄せ サラダ添え
☆生ハムとアリゴーナッペの熱々ブルスケッタ
☆南米海老のワイン焼き ハノイアンの焼きブン添え
001

☆野菜のクリームスープ
☆鰤のエマンセ 蟹のクリーム詰め アーモンドパネ トマトクーリー
002

☆グラニテ
☆銀鱈の海水漬け サラマンダー焼き 野菜のドントーニョ風
☆福島牛一口ステーキ ベークドポテト添え
☆焼き鮭とダイストマトの雑炊
☆ベルギーNoelコンポート ソースアングレーズ
003

☆コーヒー又は紅茶

どれもこれも美味しくて、至福のひと時でした。
おかげさまで満腹になり、チョットでも早く横になりたい気分で帰宅しました。
006

残り僅かな今年の日時。
明日も有意義に過ごすようまたまた頑張ります。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

お歳暮 って?

2013年 12月19日 - 日常

平素のご無沙汰にもかかわらず、各方面より今年もお歳暮が届いています。
まことに有り難いことですね。
  
001

その一年、お世話になった感謝を込めて年末に贈るのがお歳暮です。
お正月に帰ってくるとされる、先祖の霊へのお供え物を本家に贈った習わしがはじまりだといわれます。
それが、目上の人、お世話になった人への贈答として変化していったのです。

お歳暮は本来、品物を直接持参して一年の感謝を述べるもので、正月事始めの13日から贈る習わしがあったようです。
今では、配送するのが一般的。
12月の上旬~20日頃までに贈るのがマナーとされています。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

歳末 羽子板市

2013年 12月18日 - 日常

一昨日(16日)より上京してきました。
年末の面会やら、今年最後の例会やら、はたまた連夜の忘年会やら・・・。

浅草では羽子板市が開催されていました。

003

観音様の納めの観音詣の縁日にちなみ、江戸時代から伝わる歳末恒例の大市で、江戸末期頃から羽子板が人気になり、戦後になって羽子板市に変わっていったと、由緒に記されています。
浅草寺本堂周辺に、羽子板や羽根、凧や正月の縁起物を売る露店が約50軒ほど並んでいます。
藤娘・助六などおなじみの人物をはじめ、その年に活躍した人やキャラクターをあしらった華やかな羽子板も人気のようです。

001

今年はこれが最後の上京かな?と思いつつ帰福して、夕刻早速、法務をおつとめしました。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

本州最東端の街  宮古紀行

2013年 12月15日 - 日常

昨日(14日)より、本州最東端の街・岩手県宮古市に行ってきました。

東北新幹線を盛岡で降りバスに乗り換え、最初に訪れたのは浄土ヶ浜。
三陸復興国立公園の中心となる浄土ヶ浜は、宮古を代表する景勝地です。
平成24年1月には国の名勝に指定されています。
鋭くとがった白色流紋岩の白い岬は、紺碧の海、緑のアカマツのコントラストでさらに際立ち、四季折々さまざまな表情を見せてくれるそうです。
宮古山常安寺7世の霊鏡竜湖和尚(1727没)が、人里離れたこの地を訪れ、その美しさに驚嘆、あたかも極楽浄土が再現されたかのようだと七言絶句を詠み、これが浄土ヶ浜の名の起こりとも言われています。

003

今回の目的は、東日本大震災による三陸復興の祈念イベントとして行われた「日本一大熊手奉納祭」に参加することです。
先月のBLOGでも紹介したように、東京浅草「長国寺」の酉の市で奉安された大熊手が宮古市に奉納されました。
一昨年は、宮古駅前のキャトル、昨年は宮古市魚市場、そして3回目の今年は宮古市魚菜市場が会場です。

006

魚菜市場は、魚市場に水揚げされたばかりの新鮮な魚介類と、地元の農家で生産された健康野菜が並んでおり、宮古の台所です。
施設内には多数の専門店が軒を並べており、威勢のいい掛け声が響いていました。

まだまだ復興途上ではありますが、昨年よりも元気にあふれたイベントでした。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント

大震災より 2年9ヶ月

2013年 12月12日 - 日常

一昨年の大震災より、2年9ヶ月の昨日(12月11日)、同信の有志とともに月例の被災地供養に行ってきました。

002

名取市閖上は、まったく復興が進んでおらず旧敷地のコンクリート基礎だけが今でも寂しく残っています。

004

閖上中学校も、荒浜海岸もまたまた時を刻みました。
皆さんの心の中に留めておいて下さい。
風化させないで下さい。

005
007
009

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント(1)

今日は、鞴祭り

2013年 12月10日 - 日常

027

「鞴」という字、読めますか?

鞴(ふいご)は、昔の金属の精鉄や加工には欠くことのできない火をおこすための道具で、旧暦の11月8日には、全国的に、鍛冶屋、刀工、鋳物師などが仕事を休んで稲荷神社に詣で、「鞴祭り(ふいごまつり)」を行いました。
鞴祭りは京都や江戸で特に盛んで、土地によっては踏輔(たたら)祭りとも呼ばれ、12月8日や4月8日に行うところもありました。
鞴祭りには、鍛冶屋や鋳物師だけでなく、彫り物師、風呂屋など火を使う商売の家では稲荷神に詣でてお札を受け、仕事場に貼り、鞴を清めて注連縄を張り、お神酒や餅を供えました。
鞴祭りのミカンを食べると、風邪やはしかにかからないと信じられていたため、夕方から門前で餅やミカンをまいて近所の子どもにふるまいました。
もともと農耕の神、食物の神とされていた稲荷が、この場合は鍛冶屋の神とされたのは、穀物の神として祭られていた稲荷が、穀物を調理するための火の神に転じ、さらに、火を操る職業の鍛冶屋の守護神となっていったと考えられています。

また、稲荷神と鍛冶屋の関係を説明する説話もあります。
昔、三条小鍛冶宗近という人が刀を鍛えたときに稲荷神が手助けしたという説話や、後鳥羽上皇が刀を鍛えたとき稲荷山の土を使ったという説話等があります。
江戸の町には「町内に伊勢屋、稲荷に犬の糞」と川柳に歌われるほど稲荷神社の数が多かったのですから、鞴祭りのときのミカンの需要も相当なものだったようです。
江戸時代に、紀伊国屋文左衛門という商人が嵐をおして紀州(今の和歌山県)から江戸に船でミカンを運び、大きな利益を得たと言われますが、それは江戸の鞴祭りのためのミカンだったのです。

その鞴祭りの日(旧暦11月8日)が、今日です。

ありがとうございました。  法華坊主 joe

投稿記事を読む - コメント