日常

旧冬と新春の境い目。

2020年 02月5日 - 日常

昨日(4日)は「立春(りっしゅん)」でした。


旧暦ではこの日がが1年の始めとされていたため、決まり事や季節の節目はこの日が起点になっています。「八十八夜」「二百十日」「二百二十日」も立春から数えます。
冬至と春分の真ん中で、まだまだ寒いですが、暦の上では旧冬と新春の境い目にあたり、この日から春になります。梅の花が咲き始め、徐々に暖かくなり、春の始まりとなります。

立春を迎えると「立春大吉」というお札などを見かけるようになります。これは、立春に禅寺の門前に貼られるお札に由来し、「立春大吉」の4文字は左右対称で表から見ても裏から見ても変わらないため、節分の鬼が勘違いをして家に入ってこない(邪気払いできる)といわれています。また、立春は前述のように新しい年の始まりでめでたいため、立春の朝に搾った「立春朝搾り」の酒や、和菓子など立春に作った食べものも人気です。

暦のうえでは春とはいえ、春が産声をあげたばかりで寒い日が続きます。立秋以降の暑さを「残暑」というように、立春以降は「余寒」となり、寒さをいたわる挨拶状も「寒中見舞い」ではなく「余寒見舞い」となります。

また、立春から春分の間に初めて吹く南寄りの強風を「春一番」と呼びます。気象庁では、風速8メートル以上の風が吹き、前日より気温が上がった時に春一番を発表しています。もともとは、漁師が使っていた風を表すことばの1つで、竜巻などの突風を伴うため警戒していました。日常でも気をつけてください。

 

飯舘村、「孤高の星」校歌披露。  法華坊主 joe

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今年の恵方は、西南西。

2020年 02月3日 - 日常

節分といえば「鬼は外!福は内!」と言いながらの豆まきを思い出しますが、近年、恵方巻きという太巻き寿司・丸かぶり寿司を取り入れる方が増えています。恵方巻きは、恵方を向いて食べるとよいとされています。2020年節分の恵方は、西南西(細かくいうと西南西やや西)です。恵方とは、その年の福徳を司る歳徳神(としとくじん。年神様の別称)のいる方角で、その方角に向かって事を行えば何事も吉とされています。

恵方巻きの起源や発祥については諸説あり、後付けと思われるものも少なくないため、由来は定かではありませんが、調べてみたら次のようです。
大正初期(?)…… 大阪の花街で、節分の時期にお新香を巻いた海苔巻きを恵方に向かって食べ縁起を担いでいた、という説があります。
1932年 …… 大阪鮓商組合が「節分の日に丸かぶり ~この流行は古くから花柳界にもてはやされていました。恵方を向いて無言で壱本の巻寿司を丸かぶりすれば其の年は幸運に恵まれる」と書いたチラシを配布。当時のチラシが「本福寿司」(大阪中央区)に残っています。
1973年頃 …… 大阪海苔問屋協同組合が「節分の夜、恵方に向かって無言で家族揃って巻き寿司を丸かぶりすると必ず幸福が回ってくる…と昔から言い伝えられています」と書いたチラシを、寿司屋に海苔を納める時に配った。当時は大阪のデパートでも「2月3日 幸運巻き寿司売り出し」と宣伝販売されていたらしい。
1977年 …… 海苔業界による街頭イベント「海苔祭り」が大阪・道頓堀で開催され、「節分の丸かぶり」を取り入れた「巻き寿司早食い競争」が行われた。これがマスコミに取り上げられて全国に知れ渡ったのをきっかけに、全国主要都市の「海苔祭り」でも宣伝されるようになる。
1983年 …… ファミリーマートが大阪と兵庫で販売開始。
1989年 …… セブンイレブンが広島で恵方巻きの販売開始。翌年より販売エリアが広がり、95年には関西以西の地区、98年には全国エリアで販売するようになる。
恵方巻きの由来については、こうした発祥起源があり、それに伴い宣伝活動も活発になり、様々なお店やメディアでも取り扱われるようになったため、恵方巻きの認知度も拡大し、現在に至っていますそうです。

何も恵方巻にこだわらなくても、令和初めての節分を家族そろって楽しむことがよろしいのではないでしょうか。

 

中国死者、SARSを超える。  法華坊主 joe

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立春・立夏・立秋・立冬の前日のこと。

2020年 02月2日 - 日常

明日は「節分」です。本来、節分は季節の分かれ目である「立春、立夏、立秋、立冬の前日」のことをいい、年に4回ありますが、これが室町時代あたりから立春の前日だけをさすようになりました。なぜなら、春を迎えることが新しい年を迎えることでもあったため、最も重要だったからです。昔は、季節の分かれ目には邪気が入りやすいと考えられていました。中でも重要なのは、年の分かれ目です。旧暦では新年が春から始まったため、立春の前日の節分は、大晦日に相当する大切な節目だったのです。

古代中国では、大晦日に「追儺(ついな)」という邪気祓いの行事がありました。これは、桃の木で作った弓矢を射って、鬼を追い払う行事です。これが奈良時代に日本に伝わり、平安時代に宮中行事として取り入れられました。その行事のひとつ「豆打ち」の名残が「豆まき」で、江戸時代に庶民の間に広がりました。豆を〈打つ〉から〈まく〉に変わったのは、農民の豊作を願う気持ちを反映し、畑に豆をまくしぐさを表しているからです。こうして、新年を幸多き年にするために、災いをもたらす鬼を追い払う節分行事が定着していきました。

節分の豆まきは、災いをもたらす鬼を追い払い、新年に福を呼び込むための行事ですが、そもそも豆で鬼をやっつけることができるのでしょうか? 大豆は五穀のひとつで穀霊が宿るとされており、米に次いで神事に用いられてきました。大豆は米よりも大粒でまいた時の音も大きいため、鬼(邪気)を払う力も大きいと考えられたのです。そして、魔の目(魔目=まめ)に豆をぶつけて魔を滅する(魔滅=まめ)にも通じることから、節分に豆まきをするようになりました。

豆まきがすんだら、1年間無事にすごせるよう願いながら、自分の年齢よりも1つ多く豆を食べましょう(新しい年の分として1つ多く食べる、いわゆる 数え年として1つ多く食べる、もともとが数え年と考え新年の分を加えて2つ多く食べる、満年齢のまま食べるなど、地方によって異なる場合もあります)。これを「年とり豆」といいます。豆を食べることで新年の力をもらい、邪気を祓って福を呼ぶとされています。

 

青学・吉田、日本学生歴代2位。  法華坊主 joe

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春に向けての息吹を感じよう。

2020年 02月1日 - 日常

2020、令和初めてのお正月も暖冬少雪の中、あっという間に過ぎ去り、きょうから2月です。2月の和名は「如月(きさらぎ)」です。

1)厳しい寒さに耐えるため、更に衣を重ねることから「衣更着(きさらぎ)」 2)草木の芽が張り出す時期であるから「草木張月(くさきはりづき)」
3)陽気が更に来る時期であるから「気更来(きさらぎ)」など、由来は諸説あります。
一見バラバラな由来のように思えますが、寒さの中にも春に向けての息吹を感じるような、晩冬から初春に移ろう2月らしい謂われです。

如月は、何とはなしに品格のある名称で、一年で最も寒く、最も短いこの2月の異称としてはこれ以上ふさわしい名もない気がしませんか。

「願はくは 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ」と詠んだのは西行ですが、西行が没した2月15日は西行忌。「如月の望月のころ」とは2月の満月の日をさすので15日です。現在の太陽暦では3月末にあたることから、西行が愛する桜が満開の折りでもあり、釈迦入滅の日でもあるのです。西行は願いを叶えて、この日に亡くなったということですから、偶然ではなく必然ですね。もっというなら「仏縁」です。

 

英国がEU離脱、加盟国で初。  法華坊主 joe

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政府対応コロコロ変化。

2020年 01月31日 - 日常

連日、コロナウイルス報道がなされていますが、国内の患者確認は増え続け、世界保健機関(WHO)はコロナウイルスについて「緊急事態」を宣言し、深刻さは増すばかりです。

ウイルス対策で、野党から「後手後手」批判が出ていた安倍政権ですが、きょう対応が一変しました。水際対策の厳格化を求められる中、首相は中国湖北省の外国人の日本入国を、事実上ストップさせ、「前例がない対応」と強調しました。WHOの「緊急事態」宣言を受け、同ウイルスによる肺炎を感染症法の「指定感染症」とする政令の施行も、当初の2月7日から2月1日に前倒ししました。野党は数日前から前倒しを要求に対し、政府側は、閣議決定から10日間が必要としていましたが、WHOの発表で「事態が変わった」と、前倒しに動いたようです。

武漢からのチャーター機搭乗者に約8万円を請求するとした方針も、与野党から異論が続出したことにより、この日、首相が衆院予算委員会で国費を充てると表明しました。そのチャーター機第1便で帰国した人の滞在先「勝浦ホテル三日月」では、一部で相部屋が発生したことに、加藤厚労相は衆院予算委で「不備があったのはそのとおりだ」と認め、釈明するなどお粗末すぎます。

現地の日本人に届けようと機内に積み込んだレトルトカレーなどの食品が、手続き上の理由で中国側に認められず、持ち帰ったことも判明するなど、確認作業が追いつかなかったとみられます。混乱はさらに続き、第3便で帰国した日本人の一時滞在先をめぐっても、菅官房長官の会見で情報が二転三転。このような政府の対応次第では、今夏のオリンピック開催も危ぶまれますね。

 

暖冬小雪、令和初の1月も今日で終了。  法華坊主 joe

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驚異の一族、驚異の蒐集。

2020年 01月28日 - 日常

今月26日をもって閉幕してしまいましたが、先週上京したときに、上野の国立西洋美術館で開催していた「日本・オーストリア友好150周年記念 ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史」を観てきました。

ハプスブルク家は、13世紀に現在のスイスで名を挙げたドイツ系貴族で、15世紀から19世紀初頭まで神聖ローマ帝国の皇位を代々世襲です。ナポレオン戦争の敗北で1806年に神聖ローマ帝国が解体された後は、オーストリア帝国(後に、オーストリア=ハンガリー二重帝国)の皇帝となり、長きに渡って繁栄を極めました。これらハプスブルク家が治めた領土を「ハプスブルク帝国」とも呼ぶそうです。

会場には、絵画、工芸品、武具など、神聖ローマ帝国の皇帝として数百年にわたって絶大な権力を握ったハプスブルク家の至宝および関連作品計100点が展示されていました。中でも、8歳の王女を描いた「青いドレスの王女マルガリータ・テレサ」は、ベラスケス最晩年の傑作ですが、金糸が多用された眩いドレスに身を包み、まっすぐ正面を見つめる王女の姿は、幼くして王家育ちの気品を湛えているようでビックリです。

ハプスブルク家の人々の紹介しながら、時代ごとに移り変わる蒐集の特色、コレクションに向けられたまなざしを浮き彫りにする企画展でした。

 

武漢への渡航歴ない感染者確認。  法華坊主 joe

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嘘つかないスポーツ。

2020年 01月27日 - 日常

きのう日曜日、ゆっくりスポーツをテレビ観戦された方も多いことと思います。中でも、女子マラソンと大相撲には感動させられました。

大阪国際女子マラソンは、東京五輪代表の最後の1枠を懸けた選考レース3戦の2戦目。松田瑞生選手が日本歴代6位となる2時間21分47秒で2年ぶり2度目の優勝を飾りました。日本陸連の設定記録を破り、代表入りに前進しました。いま流行の「厚底シューズ」に逆行する「薄底シューズ」での勝利についてもビックリです。今回使用のニューバランス社の非厚底シューズを制作したのは、伝説の職人・三村仁司氏。高橋尚子・野口みずきら五輪金メダリストを支えた匠の逸品とともに五輪金メダルをを狙ってほしいものです。

大相撲平幕・徳勝龍が初場所千秋楽の26日、14勝1敗の好成績で初めての優勝を果たしました。幕内で最も下位の番付、幕尻の力士が優勝するのは平成12年春場所の貴闘力以来となる20年ぶりで、奈良県出身力士の優勝は大正11年春場所の鶴ヶ浜以来98年ぶり、初土俵から66場所での優勝です。33歳で初優勝を果たした徳勝龍は「自分なんかが優勝していいんでしょうか。大変なことをやってしまった。地元の奈良にいい報告ができる」と喜びの心境を話しました。優勝インタビューも、笑いあり涙ありで素晴らしかったです。

スポーツは嘘つきませんね。やればやっただけの結果が出ます。それに引き替え、政治の世界は嘘の塊です。福島民報社は福島テレビと共同で県民世論調査をこの週末に行った結果、安倍内閣を「支持する」は30.3%で、昨年9月の前回調査から11.1ポイント低下した一方、「支持しない」は53.9%で、前回より13.6ポイント増えました。福島県民の考え、間違っていないでしょう。

 

NBAコービー、ヘリ墜落で死亡。  法華坊主 Joe

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春は、すぐそこ。

2020年 01月26日 - 日常

今年の旧暦1月1日、「旧正月」は1月25日でした。

昔、平安時代を舞台にした小説を読んだ時、お正月のエピソードで「皆は春だと言いますがまだ花の香りがしないので私は春とは思いません」という内容の和歌があり、恋人にしたプロポーズの返事を花の香り(春の訪れ)とかけてあったのですが、当時の私には「お正月なんて真冬なのに花の香りがするわけがない」と少し悩んだ記憶がありました。

後になって旧正月の時期を知り、早春の花が咲き始める時期がお正月に当たる事を知って、物語の登場人物たちの言うお正月の意味がぐっと身近に感じられました。一足早い春の頃、かつてのお正月の風景を想像してみるのも素敵ですね。

明治の初め、日本は西洋にならって、太陽のめぐりを中心に作られた太陽暦を採用しましたが、それまでの旧暦は月のめぐりによって作られたものでした。
お正月を迎春や新春と表現しますが、これは旧暦のお正月が立春の頃だったのですよね。

 

大相撲・幕尻の徳勝龍、初V。  法華坊主 joe

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旧正月に突入。

2020年 01月25日 - 日常

中国がお祭りムードに包まれる「春節」。春節は中華圏でもっとも重要な期間であり、特に中国では1年の内で国内がもっとも盛り上がる期間なのです。

「春節と」は、中華圏における「旧暦の正月」のことで、特に中国では、春節がもっとも重要な祝祭日とされており、全土で新暦の正月よりも盛大に祝賀が行われます。
中国には他に、清明節・労働節・端午節・中秋節・国慶節などの祝日がありますが、春節は特に大型連休となることから、国内外に旅行をする人や故郷に帰る人が増える時期でもあります。
春節は、中国語の「正月初一(古代における元旦)」を表す言葉で、英語では「Spring festival」「Chinese New Year」などと訳されるそうです。

でも、今年の「春節」は異変が起きています。中国共産党機関紙・人民日報は25日、中国当局が、海外への団体旅行を27日から禁止すると報じました。新型コロナウイルスによる肺炎の感染者が中国で1300人を超え、海外でも増えているため、異例の拡散防止措置に踏み切ったようです。今日の春節(旧正月)に合わせた連休に多くの中国人が海外旅行を計画しているとみられ、日本など旅行先への影響は必至です。

 

新型肺炎、国内3人目の感染者。  法華坊主 joe

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廃れてしまった風習。

2020年 01月24日 - 日常

今日は旧暦の大晦日。ということは明日から旧正月と言うことになります。

旧正月は太陰暦、いわゆる「旧暦」での1月1日を言います。つまり古い暦のお正月・春節の事です。現在の暦は「グレゴリオ歴」と呼ばれる太陽の運行を元にした暦になっています。この暦に移行したのは明治6年1月1日からです。理由としてグレゴリオ歴を採用していた欧米諸国と暦が合わないため、という説もあるようですが大きな理由としては当時日本が財政難だったからなのだとか。
太陰暦は28日周期なので、閏年として13ヶ月ある年を挟んで一年の周期を調整します。実は明治6年はその閏年でした。その当時、明治政府は月給制に移行していため、太陰暦を使っていると1ヶ月分多くの給与を用意する必要があったのです。ですがグレゴリオ歴の明治6年1月1日は旧暦の12月2日になるため、そのタイミングで切り替えると明治5年12月分の給与の支払いを免れて翌年も12ヶ月になるという、政府にとって都合のいい条件が揃っていたからなようです。

政府はその発表を旧暦の11月9日(新暦にすると12月9日)に発表したため、翌年の暦を作っていた業者さんは大打撃を受けたそうです。また、新年までの期間をいきなり1ヶ月短くされたわけですから、新暦でのお祝いが出来ない家庭も多くあったのかもしれませんね。
新しい暦のお正月は、今までのお正月より1ヶ月程度早い時期になる事もあり、真冬の中で従来の準備が難しい物などもあった事と思います。そのため、大正頃まではお正月は旧正月のタイミングで行う事も珍しくなかったそうですよ。
ですが最近では、日本では旧正月のタイミングでお祝いしているという話はほとんど見られません。特別に国が「お正月は新暦で行う」と定めたわけではありませんが、官公庁が新暦で動き、祝日もそれに連動しますので旧正月は平日となることが多いです。「休みを取ってまで旧暦で行う必要はない」と判断する人が自然と増えた結果のようですね。

つまり、旧正月は日本では廃れてしまった風習の一つということですね。

 

東京五輪まで「あと半年」。  法華坊主 joe

 

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